橋本愛

橋本愛さん「これこそが本物の愛だと感じた瞬間」。映画『熱のあとに』に主演 

深く強く愛した男を、その愛ゆえに殺そうとした──。2019年に起きた新宿ホスト殺人未遂事件にインスパイアされた映画『熱のあとに』が2月2日に公開されます。本作で、狂気をはらんだ燃えたぎる愛によって突き進む主人公・沙苗を演じる橋本愛さんに、作品に込めた想いを聞きました。
橋本愛さんが語る「言葉にしないこと」の意味。執着との向き合い方 【画像】橋本愛さんの撮り下ろし写真

「これは私の罪だ」と覚悟を決めて

──実際に起きた殺人未遂事件にインスパイアされたという今作品。オファーがあって、最初にどんな気持ちを抱きましたか?

橋本愛さん(以下、橋本): お声がけいただいたのは、まだ制作も決まっていなければプロデューサーさんもいない状態のときでした。山本(英)監督は台本の段階で「信じているものを守る強さがあるところが役柄に通じる」と、主人公の沙苗役をオファーしてくださったんです。物語が立ち上がった瞬間から私にこの役を、と言っていただいたことがうれしかったですし、自分以上に自分のことを知ってくれている方がいることにすごく救われました。もう、絶対にやりたいと思いましたね。

一方で、実際に起きた事件から着想を得た作品なので、誰かを傷つけてしまう可能性についても思いを巡らせました。もしかしたら、そこを避けることはできないかもしれないと。演じなければ人を傷つけることはないけれど、脚本を読んでからはどうしても演じたいと思ってしまって。沙苗という人物にとても惹かれていたし、監督と脚本の方が紡いだ言葉がすごく魅力的で、この言葉たちを私の体を通して言いたいという欲望に駆られたんです。だから、もう「これは私の罪だ」と覚悟を決めて臨みました。

自分と重なった「思いを言葉にする」姿

──山本監督は「橋本さんは僕がわかっていない沙苗のことを理解していた」と語られていました。どのような思いで役柄に取り組まれたのでしょうか。

橋本: 今回は監督の意図や思いをあえて質問せずに、沙苗という役柄に向き合いました。台本を読むと、彼女が紡ぐ言葉がとても詩的だったんです。ポエムって、人によって解釈が違うじゃないですか。だから謎は謎のままにした方が豊かに広がるんじゃないかと思って、私の考えを通して演じたり、あえて解釈をしないまま演じたりしたシーンもあります。そこを観客の方がどう捉えるのかを楽しみにしていますね。

私は沙苗を「狂気ともいえる愛を持った人」だと思っています。「愛について言葉を尽くす人」だとも。私自身、輪郭のない感情に言葉によって形を与える行為がすごく好きなので、「思いを言葉にする」という部分でどこか自分と重なるところがありました。

愛しているときだけちゃんと生きられる

──映画のテーマである「愛」。橋本さんは沙苗の愛のあり方をどんな形や温度、状態だと捉えて演じましたか。

橋本: 最初は、沙苗は愛ではないものを愛だと勘違いしていると思ったんです。ですが演じていくうちに、これこそが本物の愛だと感じた瞬間がありました。彼女の愛を世間は狂気だというけれど、沙苗としては「私こそが正気だし、この愛を知らずに生きられるあなたたちの方が狂っているんじゃないか」って心から思えたときがあって。自分の愛を疑うような経験にもなりました。

沙苗は、夢のような時間のことを愛だと言っていると感じたんです。だからこの映画は、彼女が夢から覚めるまでを描いたもの。監督はそれを「熱」と表現していて、私は「夢」だと。どちらも自分が自分ではいられないような浮遊感があって、実体が伴わない感覚があるというか。でも、ある意味では夢の中にいる自分のほうが生きている実感はあったりする。

だから沙苗という人は、社会における普通の生活では生きづらかったのかなと感じました。「愛しているときだけはちゃんと生きられる」というような切実な愛だというのが、演じていてすごく伝わってきましたね。

──映画では、沙苗の前に「結婚にぴったりの相手」と「愛する人」がそれぞれ現れることになります。結婚と愛にはどのような違いがあると思いますか。

橋本: 多くの方が悩むところですよね。結婚って社会の制度でしかないから、適した人と適さない人がいるのは当然のことだと思います。愛しているから結婚したいという気持ちが生まれたとしても、愛と結婚は分離していて、なかなか一筋縄ではいかないこともある。

今の時代は結婚のほかにも選択肢が増えてきたと思いますし、家族のあり方も多様化していますよね。そういうなかで、沙苗はあえて結婚という社会の制度によって自分を縛りたかったのかもしれません。「私を保つため」だったというか。

「狂気的な役」をずっと演じたかった

『熱のあとに』は、私にとってターニングポイントになった作品で、演じられたことが本当に奇跡のようだと感じています。10年くらい前から「狂気的な役を演じたい」って思っていたんですよ。映画のなかで安心して狂える役に巡り会いたい、そんな作品をやりたいとずっと思っていました。だから、夢が叶ったような気持ちです。

撮影現場は、キャスト・スタッフともに、すべての人と対等にコミュニケーションを取ろうと心がけているすてきな方ばかりでした。プロデューサーさん自ら、毎朝3時に起きて朝ごはんまでつくってくれて、「みんなはあったかくておいしいごはんを食べていい職業なんだよ。そういう権利があるんだよ」と言ってくれたんです。

映画づくりは、ときに食事や睡眠などの人間的な活動をすっ飛ばして、文字どおり身を削りながらクリエーションに捧げることがあります。それが当たり前だったから身も心もアジャストしてきたけど、そうじゃないと言ってくださったことにとても感動しました。

役柄では狂いたかったけど自分本体が壊れてはダメなので、映画をつくる人たちが心身ともにちゃんと健康でいながら作品づくりに参加できたこともかけがえのない経験になっています。

スタイリスト:清水奈緒美
ヘアメイク:ナライユミ

橋本愛さんが語る「言葉にしないこと」の意味。執着との向き合い方 【画像】橋本愛さんの撮り下ろし写真

●橋本愛(はしもと・あい)さんのプロフィール

1996年生まれ、熊本県出身。映画『告白』で注目を集め、『桐島、部活やめるってよ』などで第36回日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。その後、NHK連続テレビ小説「あまちゃん」で圧倒的な人気を博する。俳優・モデルのほか、音楽活動や写真、コラム連載など幅広く活躍している。公開待機作に映画『ハピネス』がある(5月17日公開)。

■『熱のあとに』

2月2日(金)、新宿武蔵野館、渋谷シネクイントほか全国ロードショー!
監督:山本英
脚本:イ・ナウォン
出演:橋本愛、仲野太賀、木竜麻生、坂井真紀、木野花、鳴海唯/水上恒司
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編集・ライター。ウェルネス&ビューティー、ライフスタイル、キャリア系などの複数媒体で副編集長職をつとめて独立。ウェブ編集者歴は12年以上。パーソナルカラー診断と顔診断を東京でおこなうイメージコンサルタントでもある。
出版社写真部、東京都広報課写真担当を経て独立。日本写真芸術専門学校講師。 第1回キヤノンフォトグラファーズセッション最優秀賞受賞 。第19回写真「1_WALL」ファイナリスト。 2013年より写真作品の発表場として写真誌『WOMB』を制作・発行。 2021年東京恵比寿にKoma galleryを共同設立。主な写真集に『海へ』(Trace)。