内野聖陽さん、映画「春画先生」に主演 性愛へのおおらかな目線は前向きな力に
春画の歴史を紐解いてみると……
――まずは今回のオファーを聞いたときの感想を教えてください。
内野聖陽さん(以下、内野): 「春画先生」という強烈なタイトルにすごく引きがあって、何やら怪しげな気配を感じると同時に、好奇心が湧きました。台本を読んでみると、一見、春画先生と弟子の弓子の恋物語にも見えますが、非常に変わった恋愛模様が描かれているんです。物語の最後に向けた意外な展開も含めて「これは面白そうだな」と感じました。
――春画専門の研究者という役どころでしたが、内野さんご自身は春画にどのような印象をお持ちでしたか。
内野: 春画と聞いてまず思い出すのは、必要以上に誇張された性愛の表現でした。そのインパクトが最初にくる感じがあったんです。でも、この役をやらせていただく中で、色々な春画を見て、勉強してみると、それまでの印象が変わりましたね。
――どのような変化があったのですか?
内野: 春画はかつて「笑い絵」とも呼ばれていましたが、その歴史を紐解いてみると、春画はそもそも人を解放させてくれるもので、前向きに生きるエネルギーを与えてくれるものだったことが分かってきたんです。
それに、こういう性表現をした絵画って日本ならではですよね。イザナギとイザナミがまぐわって日本が誕生したという神話もあるので、性愛に対するおおらかな目線が古来からあったということ、そして、浮世絵という日本文化の裏にこういった文化が確実に存在したんだということに今回改めて気づき、イメージがどんどん変わっていきました。
――資料などを読むと、春画は当時の娯楽であり、文化だったんだなと感じました。
内野: そうなんですよね。決して淫靡(いんび)な、今でいう「エロ本」というものではなかっただろうし、ある程度恋愛を経験された方は、春画を見てほっとしたり笑えたり、癒やされたりすることもあると思います。これはとある研究者の方がおっしゃっていたのですが、書斎で勉強したり、事務仕事が立て続いたりして疲れた時に、春画を見ると非常に気持ちがほぐれるそうです。そんな効用も春画にはあるのだと知りました。
春画が持っている良さや効用みたいなものを、日本人はあまり知りませんよね。描写がちょっと露骨すぎるということもあって伏せられてきた歴史もあったのでしょうけど、もっと今の人たちに知ってほしいなと思います。
春画先生は「瞬間、瞬間を冒険するような男」
――映画を拝見し、「春画先生」こと芳賀一郎は「放っておけないな」と思わせる人間味とかわいらしさがある人だなと感じました。内野さんはどのような人物と捉えて撮影に臨まれたのでしょうか。
内野: 今回の台本を読むと、芳賀は出会った女性に亡き自分の妻の服を着させるなど、色々なことをしながら自分の理想を追い求めていくんです。なので、最初はずる賢さが前面に立つようなキャラクターなのかなと思っていました。
でも、今作の監督と脚本を担当している塩田(明彦)さんの「その瞬間、瞬間を毎回ドキドキしながら、冒険していくような男にしたい」という言葉を受けて、僕も途中から「なるほど」と思うようになりました。本音の部分はひた隠しながら、女性とのハプニングを楽しんでいって、詐欺師的なところはあまり見せない演出になっていましたし、僕もそういう男なんだと楽しみながら演じました。
――変わり者の春画研究者と、しっかり者の弟子・弓子の師弟コンビが繰り広げる春画愛をコミカルに描かれていましたが、北(香那)さんが演じた弓子との関係性が重要だったかと思います。現場ではお二人でどんなことを話し合われたのでしょうか。
内野: 弓子さんとのシーンは、特に北さんと何か話し合ったわけではなく、現場で自然と生まれたものですね。今回は塩田さんに「先生はこういう感じで話してほしい」とか、「弓子さんはこの女優さんのような感じでやってほしい」というこだわりがすごくおありだったんです。そういった塩田さんのディレクションを元に、お互いにセッションしていた感じでした。北さんは場のシチュエーションに対しての勘が鋭く、まっすぐな演技をされるので、弓子さんと重なるところがとてもありましたね。
――ある時から、春画先生と弓子さんの関係がガラッと変わりますよね。
内野: 言ってしまえば、SとMの出会いのようなところがあって、そこを「変態作品である」という一言で括(くく)られてしまうようなところもあるかもしれませんが、その要素も含めて、全てをおおらかに包み込んでしまうような世界観が、僕はとても面白いなと思います。
大切なのは演じる役者に噓がないこと
――初めて本作の脚本を読んだ感想を「性愛についての奥深さを感じさせる、ちょっと笑える微笑ましい『おとぎ話』のような感覚を持ちました」とおっしゃっていましたが、そんなファンタジー要素のある本作で、どんなところに「真実」を見せようとされましたか。
内野: 塩田さんもおっしゃったように、僕の中でも春画先生は冒険家であり、この作品はそんな人間の冒険物語のように捉えていました。おとぎ話のような作品で大切なのは、演じる役者に嘘がないということです。
今作の場合は、見た目通りに物事や人の感情が動いていない感じをステキに見せることができたらいいなと思っていました。自分の転がってほしい方に虎視眈々(こしたんたん)と物事を進めているのではなく、その場その場で生まれてくる事件を楽しんでいる感じが、春画先生を演じる上でとても大切なところだったので、そこに嘘がないように「真実」の姿を見せるということが全てだったのではないかと思っています。
●内野聖陽(うちの・せいよう)さんのプロフィール
1968年、神奈川県生まれ。NHKドラマ「街角」でデビュー。主な出演作に、ドラマ「臨場」(テレビ朝日系)、「JIN-仁-」(TBS系)、「きのう何食べた?」(テレビ東京)、大河ドラマ「風林火山」、連続テレビ小説「おかえりモネ」(NHK)、映画「海難1890」、「初恋」、舞台「笑の大学」など多数出演。21年に紫綬褒章を受賞。