市原隼人さん「子どもに負けを認められる大人でいたい」 ドラマ「おいしい給食 season3」に主演

何よりも給食を愛する数学教師・甘利田幸男が帰ってくる! 1980年代のある中学校を舞台に、数学教師・甘利田と彼を取り巻く生徒や大人たちの人生模様を描く「おいしい給食 season3」が10月9日からtvkほかで順次放送されます。今回の舞台は函館。北の地オリジナルの献立や食材に囲まれ、甘利田の新たな給食バトルが繰り広げられます。2019年に放送が始まったseason1から甘利田を演じている市原隼人さん(36)に、さらにパワーアップした甘利田を演じるにあたって思うことや本作の魅力、ご自身の給食の思い出などをうかがいました。
市原隼人さん、人のせいにしていた20代 「明日を壊すのも作るのも自分次第」  【画像】市原隼人さんの撮り下ろし写真

「やり遂げられるのか」不安とプレッシャーを抱えて

――今回のseason3の放送が決まったときはどんな思いがありましたか。

市原隼人さん(以下、市原): season1を制作したのが約5年前だったのですが、まさかseason3を作ることになるとは夢にも思っていませんでした。この奇跡をくださったのは、何よりこの作品を好いてくださる皆様のおかげなので、感謝の気持ちでいっぱいです。

それと同時に、「本当にやりきれるかな」という不安もありました。甘利田のフルスロットルなテンションもあって、毎回かなりのカロリーと体力を消費するんです。season2ではさらにポテンシャルを上げて作品の世界観を作っていたので、「season3はどうしよう」「あのハードな日々を自分はまたやり遂げられるのか」とプレッシャーに押し潰されそうになってしまって。そんなこともあって、台本をいただいてからしばらくの間は手に取って読むことができませんでした。別の役柄が入っていない状態で向き合いたかったんです。

――そこからどういう風に気持ちを前向きに持っていかれたのでしょう。

市原: いざ読んでみると笑顔になっている自分がいましたし、何よりも脚本を担当している永森(裕二)さんのペンが走っているなと感じたんです。ビジネス的な作品が増えている昨今で、原作に頼らないオリジナル作品はなかなかないんです。その意地も見せたいですし、やるからには僕も妥協したくないので「今回もやりきるしかないな」という思いと、season3を迎えられる喜びを味わいながら現場に向かいました。

――撮影を終えられた今の心境はいかがですか?

市原: 甘利田の、生徒たちには見せてはならない姿と、教師として、大人として見せなければならない姿が混沌(こんとん)としているところがこの作品の面白さだと思うので、今回もどれだけ甘利田が見せてはならない姿を見せられるかという勝負でもありました。結果、自分のキャパを越えていました(笑)。

新たなヒロインと個性豊かな生徒たち

――今回は函館の中学校が舞台ということで、「くじら汁」などの郷土料理が出たり、教室のストーブを活用したりと、その土地ならではの地域色が出ていましたが、市原さんが思う今作の見どころを教えて下さい。

市原: もう「全て」と言いたいです! 今回の生徒たちも個性豊かなキャラクターが揃っていますし、大原(優乃)さんが演じる新たなヒロインの比留川先生も、これまでとはまた違う魅力をまとった女性です。比留川先生は帰国子女なので、英語で話すシーンがあるのですが、昭和の時代に外国の風を持ってくるというのはとても大きいことでした。それが伏線となって物語が進んでいくので、今までの「おいしい給食」を好きになってくださったファンの皆様が好きなシーンはもちろん、新たな魅力も楽しんでいただけると思っています。
あとは、給食を食べる前に校歌を歌いながら踊るダンスも「よさこい」をイメージした仕草をちょっと取り入れてみたので、そこもぜひ「刮目(かつもく)」してみてください。

――今作でも、新たなライバル・粒來くんと熱い“給食バトル”を繰り広げることになりますが、前作までのライバル・神野くんとどんなところに違いを感じていますか?

市原: 今回の(粒來)ケン(田澤泰粋)は、(神野)ゴウとはまた違う魅力をまとった子です。彼自身も食べることが大好きで、撮影が終わっても給食をおかわりして食べていました。台本は付箋だらけで、すごく真摯に現場に向き合っていて、自分から「このシーンは顔を近づけた方がいいですか? それともパンを近づけた方がいいですか?」と問いかけてくる。そんな風に聞ける子ってなかなかいないんですよ。一生懸命現場にのめり込んで何かを見出そうとしている姿に、こちらも熱くなりました。

――作品の時代設定が1988年いうこともあってか、先生も生徒も心から給食を楽しみにしている様子が微笑ましいなと感じました。

市原: みんなで食事を楽しむ姿って、他では見られない顔をするからいいですよね。今は色々な規制があって、個性がどんどん失われている時代になってきているなと感じています。常にSNSやインターネットに頼るのではなく、みんなとぶつかることでそれぞれの良さが出ることや、顔を付き合わせて物事を進めていくからこそ見えてくる人のチャームポイントがあるので、僕はそんな人間臭さが残っている昭和の時代がすごく好きです。

「このために役者という職業がある」

――これまでの放送を見た子どもたちからも、多くの反響があったそうですね。

市原: たくさんのお声をいただき、本当に感謝しています。以前、「この作品を見て学校に行けるようになりました」というお手紙を頂いたことがあるのですが、それを読んでもう涙が止まらなくなってしまって。このために役者という職業があるんだなということを改めて感じさせてもらいました。

「おいしい給食」は、どんな年代の方にも楽しんでいただけるエンターテインメントにしようという思いを掲げて作った作品です。お子さんが見ても目を背けない、大人が見ても共感できる道徳がしっかり入った、メッセージ性がある作品にしましょうということをスタッフと目指して作ったので、それが具現化されたような作品になったと思っています。

――甘利田先生があまりに給食を美味しそうに食べるので、給食が苦手な子も食べられるようになったという声もあったとうかがいました。

市原: この業界は、ビジネスと夢が混沌としている世界ですが、僕は何があっても夢が先行しなきゃいけないとずっと思っています。まさにこの作品は我々「おいしい給食」チームの夢なので、この作品を見て「少しでも前に進んでみよう」と思っていただけた方がいてくださったことは本当に嬉しいですし、僕らの力にもなるんです。その恩返しを、身を削りながら喉を枯らしながら、みなさまに送る応援歌のような気持ちで精一杯作っています。

まずは子どもと同じ目線になること

――これだけ長く1人の人物を演じられることはあまりないかと思いますが、改めて甘利田先生の魅力をどんなところに感じますか?

市原: 甘利田は友達も恋人もいなさそうな孤独な男ですが、日本人の古き良き心といいますか、現代に生きる者が忘れかけているような侘(わ)び寂(さ)びを持ち、毎日を必死に生きている男だと思います。中でも僕が一番素晴らしいなと思うのは、子どもに対して素直に「負けました」と言えること。この「負けた」という一言は甘利田を象徴しているようで、僕の中ではとても大きいんです。

――自分よりも相手が給食を堪能していると思ったときに言うセリフですね。

市原: 本来、学校は子どもたちのための世界でなければいけないと思います。それがいつからか、大人が生きやすい、大人のための場所になりがちになっていますが、これから色々な世界を見る子どもたちのための「社会」であるべきだと思うんです。そのためには、まず彼らの声に耳を傾けて、同じ目線になることが大事だと思うので、それを当たり前のようにできる甘利田は素晴らしいなと思いますし、僕も子どもに対してちゃんと負けを認められる大人でありたいなと思います。

――甘利田先生のセリフには「人の生き方はこうあるべき」といった人生訓や、教えを乞う場面も多々ありました。

市原: 給食を食べて味の感想を言うナレーションでは、人前で抑えなければならない甘利田の心の声が出まくっていますが(笑)、核心を突いたような本音を言う時もあるので、僕も毎回演じていて共感しますし、台本を見るたびにハッとさせられます。

給食は人生で初めての「会食」の場

――改めて、市原さんにとって「おいしい給食」はどんな作品ですか?

市原: 僕にとって「おいしい給食」はすごく思い入れのある作品です。この作品や甘利田という男を通して「好きなものを好きだと、全力で表現していいんだ」「人生をもっと謳歌(おうか)していいんだ」と胸を張って言えるようになりました。

給食って人生で初めての会食でもあるんですよね。だれかと「食」を通して何かを共有することがこんなにも楽しくて喜びがあることをこの作品でお伝えできればと思いますし、この作品を見て「人生はまだまだ楽しいことがいっぱいあるかもしれない」と思っていただけるきっかけになったら嬉しいです。

市原隼人さん、人のせいにしていた20代 「明日を壊すのも作るのも自分次第」  【画像】市原隼人さんの撮り下ろし写真

●市原隼人(いちはら・はやと)さんのプロフィール

1987年、神奈川県生まれ。2001年に映画「リリイ・シュシュのすべて」で主演を務めデビュー。03年には「偶然にも最悪な少年」で日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞し、その後数々のドラマや映画に出演。近年の主な出演作に、NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」などがある。今秋には台湾制作ドラマ「商魂」が配信予定。

ドラマ「おいしい給食 season3」

監督:綾部真弥、田口桂
脚本:永森裕二
出演:市原隼人、大原優乃、田澤泰粋、栄信、六平直政、いとうまい子、高畑淳子、小堺一機ほか。

ライター。雑誌編集部のアシスタントや新聞記事の編集・執筆を経て、フリーランスに。学生時代、入院中に読んだインタビュー記事に胸が震え、ライターを志す。幼いころから美味しそうな食べものの本を読んでは「これはどんな味がするんだろう?」と想像するのが好き。
カメラマン。1981年新潟生まれ。大学で社会学を学んだのち、写真の道へ。出版社の写真部勤務を経て2009年からフリーランス活動開始。