門脇麦さん、「距離を縮められない自分」を役に投影 映画『渇水』

作家・河林満の名編を原作に、水道局職員の男が幼い姉妹との交流を通して生きる希望を取り戻していく姿を描いた映画『渇水』が、6月2日(金)より全国にて公開されます。生田斗真さんが演じる主人公が出会う幼い姉妹の母親・有希を演じるのは門脇麦さん。娘たちの育児を放棄し家を出て行く母親役に挑んだ心境を伺いました。
【画像】門脇麦さんの撮り下ろし写真 門脇麦さん、自身を追い込んだ20代「“ちゃんとしている自分”をやめてもいい」

友達とのスキンシップが苦手な自分

――映画『渇水』では、日照りが続き、給水制限が発令される夏を舞台に、水道料金を滞納している家に「停水執行」を行う主人公・岩切俊作(生田)と、育児放棄された姉妹との交流が描かれます。初めて脚本を読んだときはいかがでしたか?

門脇麦さん(以下、門脇): 普段は、役の置かれた状況や心境を想像しながら脚本を読んでいくことが多いのですが、今回は演じる役の視点ではなく、私自身が脚本に没入しながら読んでいました。あの姉妹のような子どもたちが、現実世界のどこかにいるんですよね。でもみんな、そのことを忘れて毎日生きている。そういう、みんなが目を塞ぎたくなる現実をしっかり描いている作品は貴重だし、これからも作り続けなければいけないと思う。描こうとしているテーマや、ラストも含めて「すごくいい作品だな」と感じました。

――門脇さんが演じた有希は、夫が蒸発し、2人の姉妹を抱えて生計を立てようとするもうまくいかない女性です。幼い子どもたちを置いて家を出ていく母親を演じるにあたって、どのように役を手繰り寄せたのですか。

門脇: 私に子どもがいないので、お母さん役を演じるのはそもそも難しいんです。これまで母親役をいただいたときは、自分の母親が私にどのように接していたかを思い出して、演じることが多かったのですが……。今回は、育児放棄をする母親役ですから、なかなか身近に感じられないし、なかなかその有希の気持ちがわからなくて。

でも髙橋正弥監督や、白石和彌プロデューサーとお話していて、ひょっとしたら自分にも「子どもと距離を縮められない」有希に通じる面があるかもしれない、と感じました。たとえば私、学生の頃は「わああ、〇〇ちゃ~ん!」と友達とスキンシップを取るのが苦手で。仲の良い女の子同士で、ハグしたり腕を組んだりすることってよくあると思うんですけど、距離が近づき過ぎると緊張しちゃってどうしたらいいかわからなくなって、戸惑っていたんですよね。

――人の「熱」のようなものが苦手だということですか? 相手から愛情をまっすぐぶつけられることが。

門脇: そうかもしれない。「あなたが私にくれるほどの愛情は、私は返せない」って尻込みしてしまう感じ。最近はさすがに、同じくらいの熱量で「わああ~!」と言って、ハグをし返すことができるようになりましたけど(笑)。

そういう自分の一面を役に置き換えたときに、子どもとの距離が縮められない、どう触れていいのかわからない、そんな母親像とリンクするかもなって。子どもを産んで、育ててきたことの現実味が私にはないというのも、有希を演じる上では良いほうに働くのではないかと感じました。

役柄を「理解しきった」と思わないほうが豊か

――姉妹を演じたお二人とも、撮影中はあえて距離を取っていたそうですね。

門脇: はい。河原で寄り添って遊んでいる2人の姿を遠くから見ていて、有希もきっと、この光景に胸が痛まないということはないんだろうなと感じました。ひょっとしたら有希自身が、子どものときに母親からの愛情を受けずに育っていて、子どもたちをどのように愛していいのかわからないのかもしれません。

ただ私自身は、両親から愛情をもらっていると感じながら育ったから、やっぱりどんな事情があっても、彼女たちを置いて出ていく選択が、最後まで理解できなかったんですね。

――理解できないまま、演じた。

門脇: そうです。でも、作中のキャラクターを「理解しきった」なんて思わないほうが、現場で突然生まれてくる感情を、掬(すく)い上げる余白が生まれる気がするんですよ。「ネグレクトしている女性」「真っ赤なネイルをして、真っ赤なリップを塗って、男性に会いにいく女性」とキャラクターづくりをしてしまうと、人間としての豊かさがなくなってしまう。本当の人間はもっと複雑で、いろんな面を持っているはずなのに。だから「このキャラクターは、こういう人ね」「このシーンは、こんなテンションね」と決めつけたくない。たとえば炎天下で、普通に「うわ、暑いなあ」と息苦しく思う瞬間とか、現場でリアルに生まれるものを大事にしながら、撮影の日々を過ごしていました。

現実として、あの姉妹のような状況に置かれた子どもたちや、有希のような人生を歩んでいる人も、きっと存在するわけです。善悪の基準で判断してしまうのは簡単だけど、そうではなく、作品を通じて「理解できないまま」有希さんと向き合えたのは良い経験でしたね。

【画像】門脇麦さんの撮り下ろし写真 門脇麦さん、自身を追い込んだ20代「“ちゃんとしている自分”をやめてもいい」

●門脇麦(かどわき・むぎ)さんのプロフィール

1992年、東京都出身。2011年、ドラマ『美咲ナンバーワン!!』でデビュー。2015年には映画『愛の渦』などで第88回キネマ旬報ベスト・テン新人女優賞など複数の新人賞を受賞。近年の主な出演作に、映画『あのこは貴族』、NHK大河ドラマ『麒麟がくる』、フジテレビ系『ミステリと言う勿れ』、日本テレビ系『リバーサルオーケストラ』、WOWOW連続ドラマW-30『ながたんと青と-いちかの料理帖-』など。

■映画『渇水』

出演:生田斗真 門脇麦 磯村勇斗 山﨑七海 柚穂 宮藤官九郎 池田成志 尾野真千子
原作:河林満『渇水』(角川文庫刊)
監督:髙橋正弥
脚本:及川章太郎
企画プロデュース:白石和彌
配給:KADOKAWA
6月2日(金)より全国ロードショー

ライター・編集者。1988年、神奈川県横須賀市生まれ。早稲田大学社会科学部卒業後ベネッセコーポレーションに入社し、編集者として勤務。2016年フリーランスに。雑誌やWEB、書籍で取材・執筆を手がける他に、子ども向けの教育コンテンツ企画・編集も行う。文京区在住。お酒と料理が好き。
2007年来日。芸術学部写真学科卒業後、出版社カメラマンとして勤務。2014年からフリーランス。