女らしさがいらない女たち。32歳外資系会社員「パンセクシュアルな自分は、相手との関係性で性のあり方を決める」
都内の外資系企業に勤務し、日本語も英語もペラペラなNさん(32)。生まれは日本だが、高校と大学はイギリスで過ごし、就職活動のタイミングで再び日本に帰ってきた。女性の身体を持っているが、“女らしさ”は自分のものではない感じると同時に、“男らしさ”もしっくりこないという。
「自分は自分でしかなく、ニュートラルな存在だと思ってますね。男性や女性といった性別がない“マネキン”のような感覚です」
女の子、として扱われる違和感
小さいころからボーイッシュなものが好きだった。ランドセルは緑色。かわいらしい衣装を着たセーラームーンやプリキュアよりも、かっこいいアクションシーンが繰り広げられる仮面ライダーにくぎ付けだった。夢はジャッキーチェンのようになることで、小学生の時の習い事はテコンドーだ。
物心がついた頃に覚えた違和感は、女の子という前提で周りから話しかけられることだった。なんだか居心地が悪く感じた。だからこそ、小学生の間はずっと短髪で、選んだ洋服も男の子用のものばかり。
「『なりたい』というよりも、男の子らしさに避難してた感じですね。これでやっと、女の子だと思われなくなる!ってホッとしてました。もしかすると自分は男の子なのかな?と思ったこともありましたね」
中学生になると、週末は男性のファッションに身を包み、一緒に遊んでいた女の子に淡い恋心を抱いた。当時放送していたテレビドラマ「3年B組金八先生」で、性同一性障害に悩む女子生徒の姿を見た。「自分も同じかもしれない」。そう思い、精神科を訪ねた。
医者からは「体も男性に変えたいですか?」と聞かれたこともある。「性転換手術を希望するか」という質問だったが、Nさんは肉体的に男性になりたかったわけではない。自分のことがよくわからなかった。
相手との関係性の中で「らしさ」は構築されていく
高校・大学時代を過ごしたイギリスで、異性愛だけが選択肢ではないという価値観に触れていく。社会的・文化的な性差の概念であるジェンダーや、性自認・性愛対象など多義的な性の概念を表すセクシュアリティは、「男」と「女」の2つだけではないこと、さらにはLGBTQ+という性の捉え方があることなどを知り、自分が解放されていく感覚があった。
そんな中、Nさんに好意を寄せてくれる男性と女性が同時に現れた。これまで誘われてデートしたことは数回あったが、告白されたのは初めて。自分のことを好きだと表現してくれる人がいることに驚いた。
その時に、自分はパンセクシュアル(全性愛者)なのだと気付く。パンセクシュアルとは、男性や女性、またそれらの性の分類に当てはまらない人も含めて、あらゆる人が恋愛対象になるセクシュアリティ。相手の性のあり方にかかわらず、人として好きになる。ジェンダーやセクシュアリティへの捉え方が多様化している近年だからこそ、生まれた概念だ。
それまで「自分がわからない」と思っていたNさんは、誰かに好きって言われることがうれしかった。女性からも好かれた事実が自信につながったと同時に、怖さもあったという。「『女性からも好かれる自分は価値があると思っているのかな?』とか『女性のことをトロフィーガールのように扱う自分がいるのかな?』と思ってすごく怖くなりました」
結局、「ボーイッシュでかっこいいあなたが好き」と伝えてくれた男性とお付き合いすることに。自分の人間性そのものを受け入れてくれた気がして、安心できる相手だった。そんな彼との関係性の中で、気づいたことがある。
ある日、おふざけで女の子っぽいファッションをしてみると、彼が明らかに喜んだのだ。同時に、小学生の時はあんなに嫌だった“女らしさ”や“女らしい格好をすること”に、あまり抵抗がない自分がいた。相手が喜ぶなら、女性としての自分がいてもいい。“自分らしい性別の在り方”は、相手との関係性の中で選んでいくのが、自分のスタイルなのかもしれない――。
社会にはびこる女らしさのテンプレート
“自分らしさ”をつかみだしたNさんだったが、日本での就職活動でショッキングな出来事があった。
企業の採用試験で参加したグループワークで自分の考えを話したら、隣にいた女性から「そんなに一気に話すと、男の子たちが委縮しちゃうよ?」と牽制されたのだ。「日本では、女性というだけで意見も伝えられないのか」と悲しくなった。
飲み会に「華になるから」という理由で呼ばれることにも、職場で「腰掛で仕事をしているの?」と言われることにも、強い抵抗感があった。社会にはびこる“女らしさ”のテンプレートに当てはめられて扱われることが、何よりも苦痛だった。
女らしくないと、愛されないのか?という不安
今は男性のパートナーがいて、女性向けのファッションに身を包んでいるNさん。“女性らしさ”をまとうことは、相手との関係性の中で決めていったことで、納得はしている。
「でも、たまに『女らしくないと、この人は私のことを愛してくれないのかな?』って不安になることがあります。あくまで見た目の話だとはわかってはいるものの、テンプレに自分がはまっていることに動揺してしまうんですよね」
自らをニュートラルに捉えているからこそ、「“自分らしい”ってどういうことだろう?」と迷うことがある。全てが流動的。だからこそ、見た目やファッション、ジェンダーに左右されない、人間としての魅力を高める自分磨きに励んでいる。今でも、自分だけの“らしさ”を模索中だ。
女らしさは、周りが決めることじゃない。
そもそも“女らしさ”に疑問を持つ人はどのくらいいるのだろうか。
博報堂のオンライン調査では、「女性らしさに疑問を思ったことはあるか?」という質問に対し、約72%の人が「ある」と回答。「仕事のシーンでパンツスタイルよりもスカートで出勤することを求めらる」「お酌や料理のとりわけは女性の役割という風潮がある」「意見を述べる際、控えめにおしとやかに、と言われたことがある」といったコメントが寄せられた。また幼少期に、“女の子らしい言葉づかいや服装”を親から求められた人が大多数だった。“女性らしさ”の陰に隠れて、自分の個性を無視されているような感覚を受けるというコメントも多数見られた。
一方で、「女らしくありたいと思っているし、自分はそうあることが好き」という人も。「今の多様性の時代、人に女らしさは全く求めない」という意見もあった。「“らしさ”は誰かが決めることではなく、本人が決定すること」という、個人が個人として尊重されるべき、という風潮の中で、自分自身のセクシュアリティとどう向き合うかがカギになりそうだ。
※2021年9月17日博報堂実施オンライン定性調査 N=75