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わたしと未来のつなぎ方

旅先で出合った土、香辛料、不要な端切れ、すべてが作品の素材。田中紗樹さんが生み出すカラフルな世界

カラフルでのびやかな線や面、そして「余白」から生まれるリズム。田中紗樹さんの作品はどれもこれも、見ていてわくわくするものばかり。絵画も立体作品も空間と共鳴し、まるで互いの魅力が響き合うかのようです。今回は、ときには不用品を素材として用いることもあるという田中さんの作品づくりのプロセスや姿勢から、これからの時代を生きる私たちにも役立つヒントを読み解きます。

●わたしと未来のつなぎ方 14

旅先に暮らす人々の日常へ入り込むことから始まる

「旅に出て、現地の人たちの日常に入り込み、その土地や人々のエネルギーを感じながら、そこでしか生み出せない作品を制作しています」。そう語る田中紗樹さんは、1984年生まれのアーティスト。父親の仕事の関係でサンフランシスコで生を受け、その後、香港に移り、7歳のときに日本に帰国した。幼い頃にさまざまな生活様式や文化、色、温度を体験したことは、おそらく現在の作風と無関係ではないだろう。

「その空間にどこから光が差し込んで、人々がどう動いて、どんな気持ちで過ごすのか。その国、その場所ならではの“空気”に興味があるんです。だから私もそこに身を置き、実際にどんな感じがするかをじっくり味わって、やがて湧いてきた感覚に従って絵を描き始めます」

泥とわらで犬小屋をつくったり、自転車やトレーラーハウスをキャンバスに見立てたり、インドではスパイスを顔料として用いたりなど、その場で出合ったものを作品の素材として取り入れることも少なくない。

「土地の風土や人々の暮らしと向き合い、完成後は風景の一部になり得るような、あるいは空間に入り込んでいるような、そんな作品を目指しています」

田中紗樹さん。1984年サンフランシスコ生まれ。女子美術大学油画科を卒業。旅先で絵を残すプロジェクト「stay & work(ステイ・アンド・ワーク)」を展開。「星野リゾート 界 仙石原」の客室絵画ほかコラボレーション制作も多数

ずっと続けてきた書道の感覚が、オリジナリティーの扉を開いた

子どもの頃からものづくりが好きで、中学、高校、大学と美術系の学校で学んだ。日々制作に追われながら自分の作品スタイルをつかめずにいたが、転機が訪れたのは大学3年のとき。

「たまたま他大学の展覧会で同年代の人たちの作品を見たら、作品自体も展示の仕方も斬新かつ自由で、こういう手法もあるんだなと。もしかしたら私は中学から正統な美術教育を受けてきた分、ちょっと型にはまっていた部分もあったかもしれない。そう感じてからは、絵の具を重ね塗りする油絵の技法にとらわれず、一筆で線を描くという、現在にもつながる手法で制作をするようになりました」

一筆で線を描く。実は、そこには小1のときから続けている書道を通して得た感覚が生きている。線のかすれや余白に美を見出し、さらに最後にサインを入れて余白を引き締めることで完成する田中さんの作品は、躍動感あふれるタッチと線と色の構成力の高さで注目を集めるように。

取材当日はワークショップを開催。チューブやスポイトや板などを使ってサッと線や面を描き、完成したかと思いきや、ハサミで切ってコラージュして、と即興の連続。端材からインスピレーションを受けることもある

丹後ちりめんとの出合いがもたらした、新たな手法

現在は旅先での滞在制作のほか、企業や個人からの依頼で絵画やウォールアートを手がけることも多く、2020年にはニュウマン新宿のためにアート作品を制作。コラボレーションをするにあたって、ニュウマン新宿から提案されたお題は、同年にちょうど創業から300年の節目を迎えた上質な和装生地「丹後ちりめん」の製造過程で出てくる、処分予定の端切れを使用することだった。

「丹後という土地が生み出した長い歴史をもつ素晴らしい布を、作品にどう生かすか。現地の工場を見学して感じたのは、丹後ちりめんの、空気をはらんでいるようなしなやかさや柔らかさ。その魅力をどう表現するか、悩んだ末に思いついたのが『エアコラージュ』という新しい手法でした」

それは、内側に絵を描いた2枚の透明なアクリル板で丹後ちりめんの端切れを、空気を含ませるようにして挟みボックスに収納するというもの。布を平面ではなく立体的にコラージュし、そこにカラフルな絵を掛け合わせることで、丹後ちりめんの和装生地としてのイメージを覆すモダンな作品に仕上げた。あらかじめ作品のイメージを組み立てて、そこに素材を入れ込んでいくのではなく、まずは素材と向き合い、それからどんな作品をつくるかを練っていくという姿勢は、田中さんのものづくりの特徴のひとつでもある。

「素材を無理に押さえつけるように使うのは好きじゃないんです。絵も“描く”というよりは“つくる”という感覚で制作していますし、花を生ける感覚にも少し似ているかもしれません」

2020年夏にニュウマン新宿で開催されたキャンペーン「LIFE WITH THE QUALITY(ライフ・ウィズ・ザ・クオリティー) ~いいものといつまでも」にて制作。「エアコラージュ」(左)のほか、丹後ちりめんを立体的に縫い付けた作品も。写真提供=田中さん

サステナブルとは「新たな組み合わせの提案」のこと

旅先や制作場所で出合ったすべてのものを作品の「素材」として見つめる田中さん。誰かにとっての不用品や廃棄物も、彼女の手にかかれば、作品のなかで素材として輝くことも。その発想の転換術は、これからの時代を生きる私たちにとっても参考になりそうだ。

「私は旅先で自給自足的な生活をしている人の家に泊めてもらうことも多く、古いものを再利用したり、生ゴミを堆肥(たいひ)に変えて循環させたりといった、いまでいうサステナブルな暮らしをしている人たちを長く見てきました。そのなかで感じたのは、サステナブルとは『新しい組み合わせの提案』だということです」

例えば、いまは洗剤ひとつ取っても、食器用、お風呂用など、用途別に専用のものがたくさん用意されている。一方で、重曹水さえつくればどこでも洗ったり掃除したりできる、という考え方もある。田中さんは後者を採用するようになって、家事をするときの気持ちがラクになったという。

「あれも買わなきゃ、これも買わなきゃ、という強迫観念から自由になって、モノから解放されました。こういったアイデアは持続可能なうえに、災害時にも役に立つはず。今後は暮らしの知恵をシェアし合うことが、快適な生き方につながっていくのではないかと思います」

田中さんが壁画を手掛けた、有楽町のコワーキングコミュニティ「SAAI(サイ)」の「Kitchen & Dining(キッチン・アンド・ダイニング)」と「Tuning Room(チューニングルーム)」。「Kitchen & Dining」は動線なども意識し、発想が拡散するさまを表現した

Text: Kaori Shimura Photograph: Ittetsu Matsuoka Edit: Sayuri Kobayashi

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