編集部コラム

「忖度しすぎ系女子」の代わりに怒ってくれるアルテイシアさんの話

telling,編集部のいぬい(35)です。テリングに寄稿してもらったこともある作家のアルテイシアさんが新刊を出したとのことで、新刊を読みつつ、アルテイシアさんの魅力について考えてみました。

●編集部コラム

作家のアルテイシアさんは、いつも怒っている。

例えば、この記事。
地獄が見える化したクソゲー社会で、JJが後輩たちのためにできること
痴漢、セクハラ、女性蔑視発言、容姿差別……日本にあふれる、女性だからという理由で被る不利益・理不尽の数々に対して怒っている。

telling,でも、怒ってくれている。
モラハラを受けまくっていたライターMさんの夫のことはバッサバッサと切り刻んでいた。
モルヒネを打つのを止めて、「モラハラ」という痛みと向き合う

特集「産まない選択」の中では、「子どもを産むべきである」という価値観を押し付けてくる世の中に対して怒っていた。
作家アルテイシアの選択「産んでも産まなくても、つながれる」01

忖度しすぎる私たち

アルテイシアさんの文章を最初に読んだ時、私は「ふーん、こういう考え方もあるんだ」と感じた。

アルテイシアさんを知った当時の私は社会人1年目。コンプライアンスという言葉は浸透しつつあったものの、まだまだセクハラど真ん中のようなクラシックな会社で働いていた。
若い女というだけで得することも数多いと思い込んでおり、それ以上に被っているデメリットは見ないふりをして過ごしていた。

私は、痛みに気づけてなかった。
痛みに気づくことは、自分が置かれた現状を直視することだからだ。
モラハラを受けてたMさんと一緒だ。

どうして痛みに気づけないのか

最初に紹介した記事の中でアルテイシアさんも松本人志さんに言及しているけど、私も松ちゃんが好きだった。「ごっつええ感じ」の再放送を見た時に「こんなに面白い人達がいるのか!!『元気が出るテレビ』見てる場合じゃない!」と感激したのを鮮明に覚えている。

ただ、「ごっつ」のコーナーの中でも、誰かが痛い目にあったり、ひどい悪口を言われるコントには、小学生の私は笑えなかった。痛めつけられている方に感情移入してしまい、胸が痛くなるからだ。
でも、私はいつの日にか「笑ってはいけない」の罰ゲームのケツバットで笑うようになっていた。どういう過程でそうなったかは自覚してない。私は誰かが痛めつけられるのを見て、笑える感性になってしまったのだ。

このことに気づいた時、結構ショックだった。「私は私、自分がしっかりある方」と思っていたけど、私の感性はいとも簡単に摂取する情報によってコントロールされてしまっていたのだ。
そして、これが、私たちが痛みに気づくことができない原因だと思い至った。

世の中にあふれる「男が選び、女は待つもの」「男は強く、女は守られるもの」「社会は男中心、女は家庭を守る」というようなストーリー達が、私の中に浸透していき、本来の感受性とは別の場所に常識を形成してしまっているのだ。
外から浸透してきた常識が、本来の私を殺し苦しめている。

アルテイシアさんと一緒に怒りながら笑い飛ばそう

アルテイシアさんの文章を読むと、そんな私の代わりに怒ってくれているかのような感覚を覚える。
そして、私は怒ってくれる人を見ると「あれ?もしかして私も怒っていいの?」と気づくことができる。

会社で男の人にゲスいことを言われても嫌な顔できなった私は、いつの間にかシモネタを平気で話せるようになった。
でも、それは「今ここで空気を冷めさせないようにしなきゃ」という過度な忖度によるものだったんだ。誰かが傷つくような話であれば「はい、その話つまんないでーす」と打ち切ることができるのが、本来の人間関係なんだ。

外から浸透してきた常識を、アルテイシアさんが上書きしてくれる。
たくさん傷を負った今だからこそ、アルテイシアさんの文章で開眼させられることが数多くある。

そんなアルテイシアさんの最新作は『40歳を過ぎたら生きるのがラクになった』 (幻冬舎文庫)。
この作品の中でも、女性蔑視や容姿差別について怒ってくれている。でも、それを笑い飛ばしながら、世の中一般のJJ(熟女)像を壊して明るく楽しいものに作り変えてくれている。

なんとなく生きづらいな〜と思っている人、歳取るのが不安だな〜と思っている人はぜひ手にとって欲しい一冊です。

未婚、既婚、子どもの有無、転職や独立の経験者。恋好き、旅好き、おいしいもの好き(缶チューハイ含む)。さまざまなstoryを持つ「telling,」編集部メンバー。