『わたしの宝物』1話

妊娠したのは「あなたの子」。美羽(松本若菜)がモラハラ夫に見せた覚悟と偽り 『わたしの宝物』1話

ドラマ『わたしの宝物』(フジ系)は、夫以外の男性との間にできた子どもを、夫の子と偽り、産み育てる「托卵」を題材に描く。神崎美羽(松本若菜)と夫の宏樹(田中圭)は仲の良い夫婦だったが、結婚から5年が過ぎ、美羽は宏樹のモラハラに悩まされている。だが、幼なじみの冬月稜(深澤辰哉)と再会したことで、美羽の人生は大きく動くことになる。1話、冬月の子どもを妊娠した美羽は、宏樹に「あなたの子」だと伝える。
冬月(深澤辰哉)は生きている? モラハラ夫の「父親放棄宣言」がもたらすものは 『わたしの宝物』2話

モラハラ夫の解像度の高さ

「かごめ、かごめ。かごの中の鳥や、いついつ出やる……」このドラマの主人公・美羽の暮らしぶりを見ていると、有名なわらべうたの一節が脳裏にひらめく。

子どものころから夢だった文鳥を飼うも、モラハラ気質の夫・宏樹の機嫌を気にして、鳥が鳴かないよう、かごにカバーをかける美羽。夜遅くに自宅に上がり込む夫と同僚たちのため、かいがいしく酒やつまみを用意するも、初対面ではない部下の名前を間違えただけで、宏樹に一喝される。もちろんそこに、夫からの感謝の言葉はない。

会議で使う資料が急に必要になったから、自宅から会社に持ってこい。そんな宏樹の要望にも、美羽は応じる。「机に会社の封筒がある」という雑な指示にさえ、文句なんて言わない。宏樹は、夫の会社に行くためにわざわざ着替えた美羽の配慮にも気付かず、書類は部下の手を借りて作り直したと言い、しまいには、「もう少しましな格好できないの?」と言ってのける。

あまりにも、モラハラ夫としての解像度が高い宏樹。だからこそ、なぜ美羽は宏樹と別れようとしないのだろう、と当然の疑問が浮かぶ。

美羽の生い立ちについては、まだ詳細に明かされていない。しかし、決して裕福な家庭の生まれではなかったことや、母・夏野かずみ(多岐川裕美)が入院していることがさりげなく差し挟まれている。宏樹が借金の肩代わりをしたこと、かずみの入院費を負担しているのが宏樹であることも。

美羽が宏樹と別れられず、かごの中の鳥のように汲々(きゅうきゅう)としている理由は、もしかすると、金銭的な負い目があるからかもしれない。

二人の仲は、最初から冷え切っていたわけではない。美羽いわく「私たちは、よく泣く夫婦だった」。美羽の仕事が上手くいかなかったときは、その悲しさや悔しさを二人で共有し、分かち合いながら泣いた。「泣くときはいつも二人。それが、あのころの私たち夫婦の生態だった」と語られる美羽のモノローグは、過去形で終わる。彼らがともに泣くことはもうないのだろうか。美羽自身、「きっと私はもう、泣くときは一人だ」と結論づけているようだ。

美羽の救いの象徴は「鳥」?

そんな美羽が、思い出の図書館で再会したのが、中学生のころの幼なじみ・冬月だった。美羽よりも2歳下の冬月だが、当時は、人見知りせずグイグイと距離を詰めていた。図鑑を見ながら鳥について話したり、冬月のカッコウの鳴き真似(まね)に笑ったりと、美羽にとって冬月と過ごした時間は、引き出しの奥深くに眠らせていた幸福な記憶だった。

冬月と再会してからというもの、ドロリと凝り固まり、道の片隅によどむようだった美羽の暮らしが浄化されていく。静かにしなければいけない図書館のなかで、冬月と潜むように笑みをこぼし合いながら、立てた図鑑の陰でチョコレートを食べること。二人で酢こんぶを口に含み、その酸っぱさにまた笑うこと。冬月と交わす言葉と笑顔は、およそ、宏樹が相手では生まれ得ないものだった。

美羽は言う。冬月の声は、ダメだと。目を覚ましてくれる、と。鈍麻していた心が鋭敏さを取り戻して、「ちゃんと動くように」なった。「自分がどんなに傷ついていたか」わかるようになってしまった。冬月との再会は、美羽が心の中にしまっていた宝物を掘り出すきっかけとなった。

あまり裕福ではない幼少期を送っていた美羽は、中学時代も、冬月との交流に救いを見出していたのだろう。積み重ねた時間や、もらった言葉が宝物となり、その象徴が「鳥」だったのではないか。当時のように、冬月が自分を不遇から助け出してくれるわけではない、と頭ではわかっていた美羽。それでも、かごのなかを飛び回っている鳥のように、いつだって自由を夢見ていたのかもしれないし、だからこそ、冬月に「助けて」と言うのを止められなかったのだろう。

行く末は希望か、それとも……

まるで芥川龍之介の『蜘蛛の糸』のように、冬月が差し伸べてくれた手に、美羽は一縷(いちる)の望みを託す。しかし、冬月は、経営していたフェアトレードの会社を人に預け、学校をつくるためにアフリカに渡ってしまう。追い打ちをかけるように、彼は現地で自爆テロに巻き込まれ、犠牲者の一人として報じられた。

冬月が出国する直前、美羽は宏樹と冬月、双方と関係を持っていた。宏樹は、美羽が冬月の仕事を手伝い、フリーマーケットの会場で生き生きと接客する姿を見て、本能的に危機を察知したのか、半ば衝動のもと美羽を組み伏せた。対照的に、まさに美羽を特別な宝物のようにそっと横たえる冬月。ここでも、両者の対比が皮肉に浮き上がる。

その後、美羽は妊娠する。そして、宿った子の父が宏樹ではなく冬月であることを知ったのは、冬月の死がニュースで伝えられるのと同時だった。

美羽は心の奥底では、子どもさえいれば宏樹との関係も変わるかもしれない、と希望を持ちつつも、どこか夫婦関係の破綻(はたん)を予感していただろう。特別なあたたかさにあふれた思い出を共有する、冬月の子であったなら、どんなにいいか……。言葉にできない願いが現実となったからこそ、美羽は覚悟を決め、あんなに強い目で宏樹に偽ったのか。「あなたの子」だと。

美羽の選んだ道は、希望に繋がっているのか、それとも。誰にも答えなんてわからない、正解なんて探し出せない選択を前に、私たちも自身の生き方を問われることになるのかもしれない。

冬月(深澤辰哉)は生きている? モラハラ夫の「父親放棄宣言」がもたらすものは 『わたしの宝物』2話

『わたしの宝物』

フジ系木曜22時~
出演:松本若菜、田中圭、深澤辰哉、さとうほなみ、恒松祐里、多岐川裕美、北村一輝ほか
脚本:市川貴幸
主題歌:野田愛実『明日』
プロデュース:三竿玲子
演出:三橋利行(FILM)、楢木野礼、林徹

ライター。映画、ドラマのレビュー記事を中心に、役者や監督インタビューなども手がける。休日は映画館かお笑いライブ鑑賞に費やす。
イラストレーター。ドラマ、俳優さんのファンアートを中心に描いています。 ふだんは商業イラストレーターとして雑誌、web媒体等の仕事をしています。
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