『海のはじまり』7話

母性=無償の愛? 押しつけられた“母の資質”を問い直す営み 『海のはじまり』7話

目黒蓮演じる月岡夏が、大学時代の恋人・南雲水季(古川琴音)の葬儀の場で、彼女の娘・南雲海(泉谷星奈)に出会う。人はいつどのように父となり、母となるのか。生方美久脚本・村瀬健プロデューサーの『silent』チームが新しく送り出す月9ドラマ『海のはじまり』(フジ系)は、親子や家族の結びつきを通して描かれる愛の物語だ。第7話は「母性」というキーワードが印象的に鳴り響く回となった。
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母性は“どこ”から来ている?

「母性」の定義を調べると、このように示されている。「女性特有の、いかにも母らしい性質。女性に備わっている、子供を生み育てる資質」と。対して「父性」はと言うと「父親として持つ性質」ときた。果たして「母らしい性質」とは何か? 「父親として持つ性質」とは何を指すのか?

水季の墓参りの帰り、駅までの道をともに帰ることになった百瀬弥生(有村架純)と津野晴明(池松壮亮)。会話のなかに出てきた「母性」というキーワードから、津野は過去に交わした、水季との会話を回想する。

母性とは何か、という話のなかで、津野はそれを「無償の愛」と捉えた。すると、水季は「子どもを愛せない母親なんていっぱいいるのに、母の性(さが)って。それが無償の愛?」と口にする。これはそのまま、「母らしい性質とは何か?」の問いに通じるだろう。

子どもを育てる資質や、子どもに向ける愛情に、性別による差や、母・父による差は存在するのだろうか。水季や弥生が疑問を口にするのと同じように、「母性」という言葉を日常的に使いながらも、どことなく掴みどころがないと感じている方も多いのではないだろうか。

母性があるのだとしたら、どこから来て、どこに留まるのだろう。ただ「愛情」や「親愛」と表現するだけでは包括しきれない、美化された、神格化されたニュアンスを感じる。この漠然とした疑問に、一つの方向性を与えてくれるのが弥生の言葉かもしれない。

「なんで子どもの話になると途端に、父親より母親が期待されるんですか?」「美しく一言でまとめたいときに都合のいい言葉なんでしょうね、母性って」と、弥生は言う。もしかすると、「母性」という言葉や概念をつくったのは、女性ではないのではないか。非現実的に美しく、具体的ではない言葉に落とし込むことで、女性や母体に対するイメージを真綿でラッピングしてみせた、勝手の良い表現だ。

夏や海、水季の母・南雲朱音(大竹しのぶ)の存在と向き合い、多少の迷いを覗かせながらも、「なんでそんなに必死なんですか?」と問う津野に、「母親になりたいからです」と言ってみせた弥生。彼女はこれからも、悩みながら、進んだ分を戻ったりしながら、「夏と海」=「父子」に向き合っていくのだろう。安易に「母性」を受け入れない「母」となるために。

陥りやすいシングルマザーの断絶

7話では、水季が幼い海を抱え、図書館で勤め始めたころの回想が描かれる。津野と知り合ったばかりの水季は、精一杯の、いっぱいいっぱいの、あと少しの我慢ではち切れてしまいそうなギリギリのところに立った母親だった。

「シングルマザー」や「シングルファーザー」を目の前にしたときの人の反応は、だいたい似通っていると思う。一人で大変だね、大丈夫? 無理しないでね、何かあったら言ってね――。それが、悪いことなのではない。裏を返せば、ほかに言うべきことが見つからないのだろう。上手くその場を収めようとすれば、当たり障りのない綺麗(きれい)な言葉を使うしかない。

津野も、そうだった。「無理しないでね」と言った瞬間に、水季の表情が変わった。「みんなそう言うんですよね」と。しかし、彼女自身が痛感しているように、キャパシティを超えてでも無理をしなければ、母子もろとも生きてはいけない。

無理をしないためには、周囲の助けを上手く借りるしかない。しかし、それができずに孤独に陥り、社会から断絶されてしまうひとり親家庭は多いだろう。水季は津野の助けを得ることができたが、それでもギリギリの暮らしだったことが分かる。周囲や社会の援助を適切に受けるための仕組みを、早く。そう思わせられるシーンでもあった。

生死を選べないからこその人生

自身の病気がわかったあとの水季の決断は、迅速で、シンプルだった。

朱音に病気のことを伝え、自分が逝った後、海が残されても困らないように話しておく。

もともとマイペースで、他者からの影響は受けず、自分のことは自分で決めてきた水季だ。治療をするかどうかも、残される海にどんな準備をしておくかも、彼女が自分で決めた。しかし、決められないこともある。

水季は、「いつ死ぬかは選べないんですね」「生まれるのも死ぬのも、選べない」と言ったように、生まれること、死ぬことは自分で選べないと気づき直した。海を産むと決めたのも、かつて中絶した弥生が残した言葉がきっかけではあったが、最終的には水季が決めた。

自分で選べないからこそ、彼女は、人生は一回きりであることを腹に落とし込んだのだろう。自身の死を前に、海と一緒の時間を少しでも長く過ごし、生ききることを決意したのだ。「もう一回考え直そう、治療しようよ」と懇願するかのような津野の言葉に向き合いつつも、自分の決断を覆さなかったことに、水季の強さをあらためて感じる。

津野は、みかんのヨーグルトを欲した水季に、「なかったから」と、みかんとヨーグルトを買ってきた。それぞれ別の食材だが、混ぜ合わせるとみかんヨーグルトになる。家族ではなくとも、血の繋がりがなくとも、支え合い、影響し合うことができると間接的に表現したシーンにも思える。

水季は亡くなってしまったが、その存在が残した、色や空気は感じられる。一回きりの彼女の人生が、間違いなく夏の、海の、朱音の、弥生の、津野の心それぞれに残したものを、その濃さを、感じずにはいられない7話だった。

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『海のはじまり』

フジ系月曜21時~
出演:目黒蓮、有村架純、泉谷星奈、木戸大聖、古川琴音、池松壮亮、大竹しのぶ ほか
脚本:生方美久
音楽:得田真裕
主題歌:back number『新しい恋人達に』
プロデュース:村瀬健
演出:⾵間太樹、髙野舞、ジョン・ウンヒ

ライター。映画、ドラマのレビュー記事を中心に、役者や監督インタビューなども手がける。休日は映画館かお笑いライブ鑑賞に費やす。
イラストレーター。ドラマ、俳優さんのファンアートを中心に描いています。 ふだんは商業イラストレーターとして雑誌、web媒体等の仕事をしています。
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