日本の工芸を元気に! 300年の歴史がある老舗ベンチャー、中川政七商店がモノ・人・まちを変える
●わたしと未来のつなぎ方 10
時代の荒波というピンチをチャンスに変える
使い勝手のいいふきんから、あるとうれしい季節の装飾品まで。機能的でありながら美しい暮らしの道具を中心に、私たちの毎日を彩るアイテムが揃(そろ)う中川政七商店。「日本の工芸を元気にする!」というビジョンのもと、現在は全国で約60店舗の直営店を展開。その女性たちのハートを絶妙にくすぐるセンスのよさゆえに、比較的新しく誕生した企業がやっているお店、と誤解している人もいるかもしれない。
実は、中川政七商店が奈良の地に誕生したのは江戸時代中期、享保元(1716)年のこと。初代中屋喜兵衛氏が、武士の裃(かみしも)や僧侶の法衣によく使われていた「奈良晒(ならざらし)」という麻織物の卸売を開始したのがはじまりだった。やがて明治時代に入ると、武士が消滅したことで最大の需要源を失うというピンチに陥る。しかし、当時の9代中川政七氏はあきらめることなく、お風呂上がりの汗取りや産着といった高品質の新商品を生み出すことで市場を開拓。特に汗取りは、皇室御用達の栄誉を受けるほどのクオリティーだったとか。
「中川政七商店が300年も続いているのは、固定観念に縛られず、守るべきものは大切にしながら、時代にあわせて自らを変革してきたからなんです」と広報の佐藤菜摘さんは語る。「例えば、戦後の高度成長期に機械化が進み、手仕事による奈良晒の製造が難しくなってきたときのこと。多くの業者が奈良晒製造卸業から撤退するか、国内での生産体制を機械化するかの選択を迫られるなかで、11代中川巖吉はどちらも選びませんでした。あくまで手仕事から生まれる独特な風合いにこだわるという信念を貫き、生産拠点の一部を海外へ移しながら、昔から続く製法を守ったんです」
社長ではなく、会社のビジョンに仕えるという考え方
その革新的な姿勢は現代にも受け継がれ、2018年には創業以来初めて、中川家と血縁のない人物が社長に就任したことも話題となった。カリスマ的な存在だった前社長で現会長の13代中川政七氏は「中川政七商店がこの先も発展していくには、トップダウンではなくスタッフ一人ひとりの意識をさらに高め、チームワークを強化する必要がある」と考えた。そこで、入社8年目の一社員である千石あや氏がその旗振り役にふさわしいと判断し、彼女に社長の座を譲ったのだった。
「社長交代をスタッフがあまりにスムーズに受け入れたので、前社長の中川は『もっと社長でい続けてほしかった! という声が聞こえなくて寂しい』と冗談めかしていました(笑)。でもここにも実は、中川政七商店らしさが表れているんです」
中川政七商店のスタッフは社員、アルバイトを問わず、全員が「日本の工芸を元気にする!」というビジョンに共感し、向き合いながら働く。仮に売り上げが上がる案件だとしても、このビジョンにつながらないならば、手を出す人はいないという。社長という“人”ではなく、会社の“ビジョン”に仕えるという企業のカラーこそ、中川政七商店のいちばんの強みかもしれない。
作り手の仕事をこれからも絶やさないために
そんな彼らが「日本の工芸を元気にする!」ために取り組んでいるのが、三つの事業だ。まずひとつが、SPA(製造小売)事業。日本の素材・技術・風習に根差した商品を自ら開発して販売し、現在は大手の工芸メーカーから小さな工房まで800の作り手と連携している。彼らとタッグを組んで新たな商品を開発し続けることは、魅力的なアイテムを生み出すだけでなく、作り手の仕事を絶やさないことにもつながっていく。
二つ目は、産地支援事業。自社の経営再生の経験を生かして、工芸メーカー向けにコンサルティングを行うほか、2011年からは全国の工芸・食品に特化した合同展示会「大日本市」を開催している。
「工芸メーカーが元気になるためには、流通の出口をサポートすることが不可欠です。そこで作り手と小売店のバイヤーに一挙に集まってもらい、商談の機会を設けることで、作り手が工芸品を全国に流通しやすくなるようサポートしています」
若い経営者たちを育てれば、まちは活性化する
三つ目は、まちづくり事業。拠点である奈良に魅力的なスモールビジネスを生み出すプロジェクト「N. PARK PROJECT(エヌ パーク プロジェクト)」を進めている。
「メーカーがなぜまちづくりを? と思うかもしれませんが、工芸の産地が活性化しないと、工芸も元気にならないんです。『スパイスカレーの店を開いて、奈良をカレーの総本山にしたい』『奈良発の履物のブランドを立ち上げたい』など、志をもつ方々をサポートしながら、奈良を世界に冠たるスモールシティにしていくことが目標です」
また、2021年春には奈良にその拠点となる初の複合商業施設をオープン。奈良本店のほか、コワーキングスペース、ワークショップスペース、飲食店などが並ぶ、観光客も地元の人々も楽しめる新たなランドマークとなる予定だ。
「私たちが目指すのは、100年後の“工芸大国日本”。今、コロナ禍をきっかけに、多くの人が暮らしを見直し始めています。『ペットボトルもいいけれど、急須で淹(い)れたお茶も美味しい』『日本で生まれ、育まれたものがある暮らしもいいな』……そんな暮らし方や生き方に共感し、日本の工芸品を手に取る方が増えていったら、きっと100年先の未来にも日本の工芸は続いていけると思うのです」
“いま”という時代を生きる女性の思いに応えるため
ルミネは持続可能な人々の生き方や社会のあり方に
貢献するプロジェクトを応援しています。
Text: Kaori Shimura Photograph: Ittetsu Matsuoka Edit: Sayuri Kobayashi
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