後継者のいないリンゴ畑、さびしい街…スタートアップ「アンワイナリー」オーナーの挑戦
会社員、子育ての後でも遅くない女性のスタートアップ
大雨と強風で大きな被害を各地にもたらした2019年10月の台風19号の被害から立ち上がるきっかけに――。そんな思いで地域振興に取り組む新設のワイナリーが、長野県小諸市にあります。「ANNE WINERY & STAY」(アンワイナリー&ステイ)です。醸造責任者でオーナーでもある松村清美さん(51)は、会社員から子育て、不動産業を経て、40代半ばでのスタートアップを果たしました。その想いをたどってみると、このワインに込められたものが見えてきます。
「人生は一度だけ。社会に出て、やりたいことを覚悟を持ってやってみる。今やっていることも、将来の肥やしになる。若い女性たちにはこう伝えたいですね」
松村さんが2018年12月にスタートした「アンワイナリー&ステイ」は、家族経営のワイナリーです。ただし、ワイナリーの物語は、それ以前から始まっていました。
浅間山を望む宿場町として知られた小諸。昭和時代はリンゴ狩りツアーで多くの人が観光を兼ねて訪れてにぎわいました。しかし、今の小諸は違います。時代の変化やリンゴ農家の高齢化の荒波が押し寄せています。
「後継者のいないリンゴ畑が増えています。両親がリンゴ畑を管理できなくなり、東京に住む子どもたちが週末通って何とかつないでいる農家もあります。そこで考えたのが、生で売れないリンゴの活用方法でした」
生まれ育った故郷の田園風景や街並みを、次世代につないでいきたいという思いもありました。
クラウドファンディングも活用して資金調達
「この状況をなんとかしたい」と思っていた松村さんは、2013年ごろ、ワイナリーに目的を定めて具体的に動き出します。ワイン好きだったことや、たまたま聴いていたラジオ番組で紹介していたワインづくりの話に背中を押されました。「長野でもワインがつくれるんだって」
県内外のワイナリーなどで醸造の研修を積み、2015年には後継者のいない農家の伐採寸前のリンゴ畑を借りて、リンゴ栽培を始めました。この年の秋に収穫したリンゴを知り合いのワイナリーで委託醸造してもらいました。オリジナルブランドのシードル「アンシードル」の始まりです。翌年の春、販売を始めたところ、「爽やかな酸味、低プリン体、グルテンフリーのお酒」として少しずつ人気がでてきたそうです。
ところが、他のリンゴ農家もワイナリーに委託醸造でシードルをつくってもらうようになり、松村さんが望むオリジナルなテイストのシードルづくりをお願いし続けることが難しくなってきました。「自分で栽培したブドウを使って、愛着ある、こだわりのワインをつくりたい」。そんな思いも募っていました。松村さんはそこで、みずからワイナリーを開設する決断をします。2018年秋、クラウドファンディングを通じて43人から106万6000円の支援を受け、醸造免許を取得し、12月にワイナリーをスタートさせました。
松村さんにとっては、さびれてしまった小諸の街を活性化する力になりたいという思いもありました。だからこそ街中ワイナリーにこだわり、古い空き家を改装し、2階にゲストハウスを併設しました。「気軽に立ち寄って欲しい」からです。
今では約1ヘクタールほどある畑で、ピノ・ノワール、シャルドネ、ピノ・ムニエといった冷涼な気候を好む発泡性ワインに向くブドウやシードル用のリンゴを栽培しています。
フランスで妹が暮らしており、醸造の時期にはフランス人の夫とともに来日し、仕事を手伝ってくれているそうです。「力仕事に加え、フランス人からみたテイストの確認をしてもらっています」。最初につくったオリジナルワインは、ロゼ。今後はスパークリングワインに力を入れていきたいと言います。「小諸は桜がきれい。桜の下やお祝いの席で私たちのスパークリングワインを飲んでいただけたらうれしいです」
インバウンドの外国人が訪れる街中ワイナリー
ゲストハウスには今、インバウンドの外国人が多く訪れ、小諸を町歩きするきっかけづくりに成功しています。「リンゴ以外にも、いちごや桃といった、飲みやすい泡の果実酒を提供していきたいと思います」。ワインやシードルの販売は、地元住民が日常的に飲むワインのほか、軽井沢のレストランやお土産をターゲットとしています。コルクではなく栓抜きで開けられる王冠。発泡酒のため飲みきりサイズのハーフボトルが特に人気です。
大消費地の東京や海外輸出を目指す山梨のワイナリーと違い、身近な商圏やユーザーを意識したお酒づくりです。特区で少量醸造が認められる時代になり、その少量だからこそ、新たなマーケット開拓という視点を生み出しています。