平成世代が今年一番買った本。夢は叶えたあとがやっかいです
●本という贅沢61『トラペジウム』(高山一実/KADOKAWA)
仕事の関係で、「若い世代に読まれている本」を片端からチェックしている時に出会ったのが、この一冊。
乃木坂46の高山一実さんが初めて書いた小説『トラペジウム』。2019年上半期に、平成世代(0歳~30歳)が一番買った本なんだそうです(※日販WIN+調べ)。
「現役アイドルがアイドルに憧れる女子高生を描いた物語」と昨年末、話題になったときに一度買ったんだけど、ぱらぱら1章まで読んで、「うーん、私には辛いな」と思っていったんは閉じた本。
言葉が若かったし、構成が若かったし、いろいろ甘酸っぱすぎて途中で恥ずかしくなった。(当たり前だけど、私ら世代に向けて書かれた本ではないので、それは高山さんのせいでは全然ない)
なんだけど、平成世代が買った本ランキング1位になったのを知って、もう一度、ちゃんと読んでみようという気持ちになった。平成世代の人たちは、この本のどんなところに心を惹かれるんだろう。そんなことが気になったから。
読んでいて、突然ビビッドに思い出したことがあった。それは、大学時代の友人のこと。
彼女はとても綺麗な人で、頭も性格もよくて、こざっぱりして女子にも男子にも人気のある人だった。ものごころついた時から、アナウンサーを目指していると言う。
その彼女が、ある時、教えてくれた。
「私、アナウンサーになって有名になったときに、『でも、あの人は性格が悪くて、小学生のとき、友達をいじめてたんだよ』って言われたくないから、3、4歳のころからずっと、素行に気をつけてきた」
って。
その言葉を聞いた時、私、心の底から感動したんだよな……。
そうか、なりたい職業があって、そんなにも小さな頃から努力をしてきたんだな。そして、その夢があるからこそ、彼女は綺麗で、性格がよくて、みんなに愛されてるんだなあって。極める分野は違うけれど、プロのアスリートみたいだ。
残念ながら彼女は就職活動でキー局のアナウンサー試験は落ちてしまったのだけれど、地元にほど近い局で採用された。
私たち友人は、彼女の夢が叶ったことがとても嬉しかったし、これからいよいよ彼女がのぞんだ人生をスタートさせるのかと、誇らしい気持ちになった。
……のだけど、結局、彼女はアナウンサーへの道を進まなかったんですよ。
なぜなら、アナウンサー試験と平行して進めていた新聞社の試験でも内定をもらって、結果的に新聞記者になる道を選んだから。
小学校に入る前から描いていた夢なのに、どうしてここにきて進路変更しちゃうんだろう?
私はすごく不思議だったけれど、当時はあまり深くつっこまないまま卒業し、彼女とは数年に一度、仲間の結婚式の時に会うくらいの関係になっていった。
アイドルになりたい女の子が、アイドルになった後のことを考えて、SNSもやらず、彼氏も作らず、クリーンな自分を育て上げていく。『トラペジウム』の主人公の女の子は、私の友人と重なった。
そして、最終的にこの小説の主人公が選んだ道まで読んで、20年ごしに気づいたわけです。そうか、アナウンサーに採用されるのって「夢が叶った」わけじゃなかったんだな。むしろ、人生の起承転結でいうと、まだ「起」くらいな感じで、決してゴールではないんだなって。
大人になって、歩いてきた道を振り返ったからこそ、当時のことが見えることもある。渦中にいるときは、無我夢中だった。友人も、私たちも。
この本はきっと、"渦中"にいる人たちに、響く本なんだろうなと思ったわけです。
今もまだ新聞社で働いているその友人とは、数年前、久しぶりに会った。
年齢を重ねて、美しさに磨きがかかった彼女はそのとき、
・管理職になって、ものすごく仕事が忙しいこと
・ご主人は単身赴任で、子育てはワンオペであること
・だけど、仕事場ではいつも余裕って感じで水面下のバタ足を絶対に見せていないこと
を教えてくれた。
「うちの会社で、ここまで出世してる子持ち女性って、私だけなんだよ。その私が、キツイ、キツイって言ってたら、若い女の子、みんな子ども産むの怖がっちゃうじゃん。仕事も子育ても、めっちゃ楽しいよって部分しか見せてない」
彼女はそう言って、にっこり笑った。相変わらず、綺麗だな。そして相変わらずアスリートみたいだ。
「私、安倍政権よりもよっぽど、出生率増加に貢献してると思うよ」といって仕事に戻った彼女の背中を見送って思った。
就職活動中の私たちは、20年後の私たちがこんなふうに笑っていることを全然知らずにいたけれど、かっこいいなあ。大人の女って感じだなあ、って。
というわけで、甘酸っぱかった頃の自分を思い出させていただいた本でした。
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音楽業界の方が書いた小説で、私が面白いなと思ったのは、直木賞候補にもなった『ふたご』。SEKAI NO OWARIの藤崎彩織さんのデビュー作。もし、歌うことや、作ることや、書くことが、こういった苦しみの先にしかないのだとしたら、すぐに降参してしまうなあと思うような、そんなヒリヒリする小説でした。
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それではまた来週水曜日に。