Ruru Ruriko「ピンク」24

ケータイでのセルフィーをやめたら見えてきたこと。

ちょっとモヤモヤした気持ちになったとき、読んでみてください。いい意味で、心がザワザワするフォト&エッセイ。今回は、セルフィーする回数を意識的に減らしてみて、気づいたことを綴ります。

●Ruru Ruriko「ピンク」24

現代人の方が、外見を気にしている?

最近自分の顔をまともに見ていない。

私ってどんな顔だったっけ?
鏡に映る自分を見て、ぼんやりこんな顔なんだ。と思いました。

数日前に、友人たちと『昔と現代で、外見の重要度は変わったか?現代の方が外見が重視されているのでは?』という話題になりました。現代の方がテクノロジーが発達してカメラもビデオもある、みんな見られていることを常に気にしているのでは?と。

確かに。
今時の多くの若者は少なからずなんらかのソーシャルメディアを持っているし、そこには自分が撮ったセルフィーだけでなく、誰かに撮られた写真がタグつけされている時もありますよね。

人からどう見えるかが気になって、鏡ばかり見ていた

数年前までの私は、一日の多くの時間を自分の顔を見ることに費やしていました。そういうと、自分の顔を大好きで、うっとり鏡を見つめているように聞こえるかもしれませんが、現実はその反対。自分の見た目に自信がないから、おかしくないか、人からどう見えているか、ということを気にしすぎるあまりに常に鏡や、ケータイの画面で自らの外見をチェックしていたのです。

インスタグラムに載せるためのセルフィーを撮るときは満足できるまで何十分も時間をかけていたし、毎日化粧するのに自分の顔を鏡でみるし、出かけ先のトイレでもチェック。朝メイクがうまくいかない日は遅刻してでも見た目をどうにかしようとしていました。それに、鏡で自分の顔を見てため息をつきながら、この部分がもう少しこうだったら、なんて思ったことは数え切れないくらいあります。

なんてブスなの私!

セルフィー文化が浸透している現代、多くの若者、特に若い女性はセルフィーで自分が可愛く見える写り方や角度を知っていると思います。

ソーシャルメディアは自分自身を好きなようにプレゼンできる場所。
もちろん、ベストな状態の自分自身のみを載せてみてもらえます。常に自分で満足できるくらいには可愛く撮れている写真や、スタイルがよく見えている写真を載せられる。

そのうち自分でもベストな自分しか見えなくなってくる。インスタグラムに載っている、自分で撮ったベストな自分の見た目に慣れてしまって、たまに他人に撮ってもらった写真やタグつけされた写真を見て、ギョッとするのです。「なんてブスなの私!」って。

こんなはずじゃない、こんなにブスなわけがない。それとも私って本当はこんななの?こんなに太ってる?
反対に、他人から撮られた写真が良く写っているとものすごく安心しました。自分はそんなに悪くないって他人から認めてもらえたような気持ちになるのです。

多くの若い女性が自分の見た目を必要以上に気にし、そして他人のことも見た目で無意識に判断してしまっているのではないでしょうか?SNSやケータイ、手持ち鏡なんてなかった時代は現代のように自分の姿を一日に何度もみることなんてなかったのではないでしょうか?

ケータイでの自撮りをやめてみた

私は2年ほど前からセルフィーを撮ることを意識的に減らしました。今でも撮ることはあるけれどその時のアウトフィットメインで自分を顔を中心として撮ることはしません。特にケータイでの自撮りは一切しなくなりました。

それから自分の見た目が以前より気にならなくなりました。それまでは自分の見た目にself-obsessed(自分のことばかり考えている)していたように感じます。
しなくてもいいのに、わざわざ自分で鏡を見て、自分の見た目の粗探しをしてしまっていたのです。

意識的に自分自身の見た目について考える時間を減らすことによって、そこから脱却できたように感じます。それで自分に自信を持てるようになったわけではないけれど、自分の他のところだけでなく、他人の見た目以外のことにも目を向けられるようになりましたし、今までそこに割いていた時間や悩んでいた時間がなくなり、その分ストレスフリーになりました。

現代人には欠かせなくなっているケータイやSNSの使い方をもう一度良く考えてみるのもいいかもしれません。

続きの記事<私が向かう先。HSP(ハイリーセンシティブパーソン)と向き合う>はこちら

18歳の時にイギリスへ留学、4年半過ごす。大学時代にファッション、ファインアート、写真を学ぶ中でフェミニズムと出会い、日常で気になった、女の子として生きることなどの疑問についてSNSで書くようになる。