向井理

向井理さん、嘘から追い詰められていくブラックな男に 舞台『リムジン』に主演

向井理さんが主演を務める舞台『リムジン』が、11月3日からの東京公演をスタートに、全国各地で上演されます。向井さん演じる主人公の男がついたささいな嘘が次の嘘を呼び、逃げ場のないところまで追い詰められていく恐怖を、ブラックな笑いを交えて描く作品です。本作への思いや見どころについてお聞きました。
向井理さん「夫婦でも話さないと分からないことがたくさんある」。夫役に思う 【画像】向井理さんの撮り下ろし写真

「間」とリアクションを大切に

――元々は2020年に上演予定だった舞台ですが、コロナ禍で稽古前に全公演中止が決まり、その後3年を経ての上演となります。今の思いを教えてください。

向井理さん(以下、向井): 3年前はいろいろなことを諦めざるを得ない時期だったし、この舞台に限らず、仕事がなくなった経験はたくさんしてきました。それは僕だけでなく、みなさんが辛い時期を経験し、乗り越えてきた3年間ですよね。今は緩和されることも多くなりましたが、まだ手放しに喜ぶことはできない状況の中、お客さんの前で演劇ができるということを改めて実感できる作品だなと思っています。

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――『リムジン』は、ある夫婦がひとつの嘘をきっかけに取り返しのつかない状況に陥る姿を描いた悲喜劇。本格的なお稽古はこれからとのことですが(取材は9月下旬)、台本を読んだ感想はいかがでしたか?

向井: 先日製本された状態でいただいた台本を読んでみて「ある意味、“劇”的ではないな」という印象が一番にありました。そこが難しいところで、もっと劇的に振った方が演じる方としてはやりやすいんです。例えば、何かがドカンと爆発したら、そこに向かってストレスをためてアクションを起こし、その後どうなるかという流れができるので分かりやすいんですけど、今回の場合は、ある種ソフトランディングしているような、緩やかに着陸するようものだからこそ、どこで降下していったのか分からない。そんなところが演じる上で難しいなと思います。

――台本を拝見すると、セリフの前後に「三点リーダー」の“間”が割と多くありますね。

向井: 日常会話ってそういうものだと思うので、きっとそこの生々しさが今回の肝じゃないかと思います。倉持さんもそこを前面に出してきていますし、やっぱりお芝居ってリアクションが全てだと思うんです。会話の「間」も、愛想笑いもリアクションなので、そういうところを丁寧にやっていかないといけないし、稽古をしながら構築していかなきゃいけないところだと思っています。リアクションが入った段階でどんどん崩して、そこから余計な段取りくささみたいなものを削いでいくことが大切になってくる。

演劇は作り物ですが、そこに「作り物感」が出たらもうおしまいなんですよね。なので、そうならないように生々しく、なるべく何も考えずにリアクションが出てくるようになるといいなと思いますし「これが最初で最後の演劇だ」という気持ちで日々やってかないといけない。

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――演じる諸角康人は、田舎町で親から受け継いだ小さな工場を営む男。今の段階でどう演じたいと思っていらっしゃいますか。

向井: 特徴的に何かあるというよりは、どこにでもいる市井の人という感じです。きっと人間って、多面的な生き物だと思うんですよ。人は誰しも、弱い面と強い面と、弱さを隠す面と強がる面みたいなところがあって、社会で生きる上でいろいろな顔をしないといけない。だけど諸角は、そういうところがないというか、あまり物事を深刻に考える人じゃないという印象を持ちました。

――そんな諸角の妻・彩花を演じる水川あさみさんの印象は?

向井: 何作か出演された映像作品を見たことがあって、ナチュラルな役をすごくナチュラルに演じていらっしゃるなという印象があります。僕の中ではあまり舞台に立つイメージがなかったんですよ。今回、他の方が演じる役は割とキャラクターが立っている部分もあるのですが、僕と水川さんが演じる夫婦は特に特徴がないんです。お互い難しい役ではありますが、一番距離が近い関係性なので、どういう感じになるのか楽しみです。

――作・演出を担当される倉持裕さんとは今作が初めてのタッグとなります。倉持さんの描く作品にどんな印象をお持ちですか

向井: 人やストーリーの流れをちゃんと丁寧に描く方だなと思います。倉持さんご自身が優しい方なので、話も露悪的なところがないんですよね。分かりやすく「悪役」みたいな人がいれば、もっとエンターテイメント性は強くなるんですけど、今作はそうしないことでより難しくなってくるし、日常的な「あるある」や「もし自分がこういう状況に陥ったらどうなるだろう」と、観る方の想像力を刺激する作品になると思います。

とは言え、ブラックユーモアもある作品なので、どこか「悪」や「ブラック」なところがないと笑えないし、かといってずっとシリアスなわけでもない。台本を読んでいても「これを青木さやかさんがやったらどれだけ面白いんだろうな」とか、「ちょっとこのセリフは笑って言えないかもしれないな」と思うところがあって、早速自分のセリフも少し変えてもらおうかなと思っているところです。

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本多劇場は原点回帰できる場所

――今回は全国各地の劇場で公演されます。

向井: 富山と熊本は初めて行く場所なので、どういう気候や風土なのか、どんな食文化なのか気になります。僕は食べることが好きなので、その日の食事代のために芝居をするぐらいの余裕ができればいいなと思います。

環境や劇場が変わることで、舞台上から見える景色も劇場に入るまでの道順も全然違うと思うし、また緊張感が戻ってくることもあるので、毎回新鮮ですし「どういう劇場なんだろう」と楽しみです。

――東京公演が行われる本多劇場にはどんな思い出がありますか?

向井: 演劇をやっている人間としては特別な劇場です。何度も舞台を見に通った劇場ですし、下北沢の町の雰囲気もいいですよね。以前は古き良き演劇と音楽とお笑いの町という感じだったけど、今はだいぶ洗練された町になっていて。それでも変わらず本多劇場はあの場所にある。出来ればずっと続いてほしいです。

役者を始めた頃から本多劇場という名前はずっと頭の中にありました。一度は立たなければいけないところだと思っていますし、そこから出た人たちの存在も大きいので、憧れもあります。箱の大きさもちょうど良くて、観客の方との距離感が近いので反応がよく分かる。最近「自分は元々こういう演劇が好きで舞台をやっているんだな」ってよく思うんです。「劇団☆新感線」など、エンタメ要素の強めな劇団や作品の出演が続いていたので、ちょっと感覚が麻痺していましたけど(笑)。そういう意味では、僕にとって原点回帰できる場所かもしれません。

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「不安定さ」を楽しんでもらえたら

――九尾の狐や魔法使い、諸葛孔明など、個性が強めな役が続いたところに、今回のような日常の会話劇を主軸とした「THE・演劇」作品への出演となります。

向井: 自分がやっていて面白いというよりも、観ている人にそう思ってもらえればいいと思っています。(強烈なキャラクターなどの)ビジュアルものって、ある種それで正解が出ているから、迷うこともあまりないんです。ストレートにキャラクターに寄り添ってやればそれで成立しやすいけど、今回は特徴がある役どころではないので、その分ハードルが高いし圧倒的に難しいです。

舞台って、何かアクションがあったらそれを回収すればひとつのシークエンスができるんですけど、今回の場合、例えば「誤射する」という割と大きなアクションがあっても、特にそれについて大きく触れるわけでもないし、会話の流れもあるようでないから、拠りどころがないんですよね。そういう意味では不安だらけな演劇になるなと思うけど、観客のみなさんにはそういう不安定なところを楽しんでもらえればいいのかなと思っています。

スタイリスト:外山由香里
ヘアメイク:宮田靖士(サイモン)

向井理さん「夫婦でも話さないと分からないことがたくさんある」。夫役に思う 【画像】向井理さんの撮り下ろし写真

●向井理(むかい・おさむ)さんのプロフィール

1982年、神奈川県出身。2006年にドラマ「白夜行」でデビュー後、「アキラとあきら」、「S-最後の警官-」、NHK連続テレビ小説「ゲゲゲの女房」、映画「きいろいゾウ」、「いつまた、君と ~何日君再来~」、舞台「ハリー・ポッターと呪いの子」など、多くのドラマ・映画・舞台に出演。現在放送中のドラマ「パリピ孔明」(フジテレビ系)で主演を務めている。

舞台『リムジン』

作/演出:倉持裕/出演: 向井理、水川あさみ、小松和重、青木さやか、宍戸美和公、田村健太郎、田口トモロヲ
公演日程・会場:
11月3日(金・祝)~11月26日(日) 東京・本多劇場
11月29日(水) 富山・富山県民会館ホール
12月2(土)、3日(日) 愛知・Niterra日本特殊陶業市民会館 ビレッジホール
12月7日(木) 熊本・市民会館シアーズホール夢ホール
12月9日(土)、10日(日) 福岡・久留米シティプラザ ザ・グランドホール
12月14日(木) 広島・JMSアステールプラザ 大ホール
12月16日(土)、17日(日) 大阪・梅田芸術劇場 シアター・ドラマシティ

ライター。雑誌編集部のアシスタントや新聞記事の編集・執筆を経て、フリーランスに。学生時代、入院中に読んだインタビュー記事に胸が震え、ライターを志す。幼いころから美味しそうな食べものの本を読んでは「これはどんな味がするんだろう?」と想像するのが好き。
2007年来日。芸術学部写真学科卒業後、出版社カメラマンとして勤務。2014年からフリーランス。