自慢できないNY

まるで「地下鉄占い」?なぜか会話がはずむニューヨークの地下鉄事情

常に刺激的な街ニューヨーク。でも、そこに暮らす人から見れば、何かと融通が利かなかったり、時にいい加減だったりと、カッコイイだけじゃないみたい。NY在住のライター手代木麻生さんによる、自慢できない(かもしれない)、リアルNYのリポート。今回は、時間に正確な日本の地下鉄とは随分違う、地下鉄事情をお伝えします。

●自慢できないNY 03

今日の運勢を占うのにもってこいなのがニューヨークの地下鉄。線路や信号系統などが老朽化していて(それだけが原因ではないが)遅れるのが当たり前になってしまっているので、本来の時間どおりに目的地に着ければ、もう、これだけで「本日は大吉」な気分。

例えば週末。私がよく使う地下鉄の駅には各停しか停まらないが、週末になると、線路工事のためにマンハッタン行きの電車が全て急行になってしまって停まらないことがある。それもしばしば。では、マンハッタンに行きたいときはどうするか?マンハッタンとは逆方向に行くプラットホーム(こちら側には各停が停まる)から電車に乗って、いったんマンハッタンには背を向けて次の急行が停まる駅まで行き、そこでマンハッタン行きの急行に乗り換えて、今来た方向に逆戻りするというわけ。

各停の電車が停まるには停まるがマンハッタンまでは行かず、途中の駅停まりとなることもある。すると、その駅から別の路線に乗り換えてdetour(迂回)しなければならない。そのまままっすぐ行けば30分もかからないで着くはずの目的地に、2回電車を乗り継いで行くと早くても10分、運が悪いと30分も余計にかかってしまう。地下鉄の工事は週末と平日の昼間に集中するので、うっかり工事のスケジュールを確認し忘れていると、待ち合わせに遅れてしまう。

工事などによるダイヤの変更を知らせる案内板。ニューヨークに初めて来た旅行者は涙目になりそう。でも、考えようによっては、これこそ今のニューヨークの象徴。いっそ、この前で記念撮影するとか……

工事の予定がわかっていればまだ打つ手があるが、困るのはさまざまな理由による予定外の遅れ。信号の故障、電車が前につかえていて動けない(これはしょっちゅう)、爆弾を仕掛けたという予告でもあったのか、警官が車内を点検しているので発車できないという趣旨のアナウンスがあることも。でも、たいていは何が原因で停まったり遅れたりいるのか、皆目わからない。何分くらい停車しているのかわからないときは、ほかの手段で目的地に向かうことを考えなければならない。でも、もしかしたら、1分後に発車するかもしれず、判断に迷う。

数分待てば電車が来る方に賭けて、その通りになれば不幸中の幸いで「本日は末吉」という気分だし、読みが外れて、やっぱり早めに迂回すればよかった、と地団駄踏んで後悔する場合は、「本日は中凶」って感じ。

ホームでなかなか来ない電車を待っていると、ようやく遠くに車両が見えて来る。ホームにいた人たちは「やれやれ」という気持ちでホームの端に近づこうとすると、電車は警笛を鳴らして、そのまま停まらずに行ってしまうこともある。何のアナウンスもなしに。多分、電車が後ろにつかえていたので、電車の詰まりを解消するために前の電車を急行にするのだろう。ホームにいた人たちは、目を点にするか、肩をすくめるか落とすかして、力なく電車を見送るしかない。

1、2年くらい前だったか、駅のホームに電光掲示板が設置された。次の電車が来るまであと何分と表示される。すごく便利になったような気がしたが、別にこれで電車の遅れが解消されるわけじゃない。電車の遅れが可視化された分、かえってイライラするような気さえする。強いて便利になった点を挙げるとすれば、どれくらい遅れるかわかるので、待ち合わせの相手に、どれだけ待たせることになるか、“正確に”スマホで事前通知できるようになったことくらい。

地下鉄の運行状況を知らせる電光掲示板。GOOD SERVICEよりDETOURのほうが多い

5分程度の遅れを想定して家を早めに出ることならできるが、毎回15分も30分も早く家を出るなんてちょっと無理。みんなそれがかわっているので、約束の時間に遅れても、たいていは地下鉄のせいにすればすんでしまう。誰でも、地下鉄が遅れたせいで人を待たせた経験も、待たされた経験も、運が悪いとビジネスチャンスを逃してしまったというような、笑ってはすませられない経験だって持っているからだ。

だから、待ち合わせの時間に遅れて、「すみません。途中で電車が遅れて……」と、地下鉄に罪を着せつつ言い訳がましく謝ると、相手も「待ってました!」とばかりに、言いたくてウズウズしていた地下鉄エピソードを披露することもしばしば。「今日は天気がいいですね」とか「暑くなりましたね」というあいさつの代わりに、「実は、この間地下鉄であ〜たらこ〜たら」、「それは大変でしたね。私なんかカクカクシカジカ」という会話から始まることも珍しくない。

ところが、私は気づいてしまった。みんな「まったくも〜」みたいな感じで地下鉄の残念なエピソードを語るのだが、気のせいかちょっとうれしそうなのだ。地下鉄が遅れて、工事中で運休していて、工事のために迂回させられて、などなど。「それで、こんなに大変だったの〜」と語りながらもどこか自慢げに聞こえるのはどうして?で、最後はため息つきながらも、「しょうがないよね。ニューヨークの地下鉄だしぃ」というところにま〜るく落ち着くのである。

ニューヨークの地下鉄車両の3分の1は川崎重工製で山手線の車両とそっくり

日本で暮らしていたときは、電車が遅れないのが当たり前だったが、初めて日本に旅行して戻って来た人たちが一様に、まるで奇跡の国から帰還して来たかのように、東京の地下鉄の素晴らしさをほめ讃える気持ちが、今はよくわかる。

ライター。東京での雑誌などの取材・インタビュー・原稿執筆などの仕事を経て、2000年に仕事と生活の場をニューヨークに移す。