選ばない自由01

選択肢は少ない方が自由?どんなに売れても100食限定、佰食屋から考える

生き方も働き方も多様化と言われる今。一見自由なようで、何を選んでいいのか分からない不自由さを感じることもあるのでしょうか。京都にあるステーキ丼の店・佰食屋は、営業わずか3時間半、どんなに売れても100 食限定、飲食店でも残業0の店。代表の中村朱美さんは、選択肢が少ないからこそ得られるものがあるといいます。お話を聞きました。

●選ばない自由01

目標はひとつ、「それ以外」の選択肢を与えない

――佰食屋さんの目標はたった一つ。1日100食限定で売り切ること。完売したらその日は営業終了だとか。

中村さん(以下、中村): はい。目標を一つにすると、自分達が何をするかが明確になります。以前は広報の仕事をしていましたが、個別の目標、部署や会社全体の目標とたくさんあって、結局何がしたいのか分からなくなっていました。しかし佰食屋では目標が一つ。どんなに売れても100食限定で営業終了です。お客様もそのことを知っていて、「まだ(100食)大丈夫ですか?」と気にしてくださったり、私たちも「まだ大丈夫です!」と誇らしい気持ちになるんです。うちは昼3時間半のみ営業なので、回転率を上げるためにはお客様にも協力してもらわないといけない。どんなに要望されても珈琲は出さないんですよ。

佰食屋の看板メニュー、国産牛ステーキ丼(1000円+税)

中村: ただ、目標はシンプルですが、商品はかなりクオリティの高いものを出しています。国産牛を低温調理でじっくり時間をかけて火を通したり、すき焼きの割り下には14種類の食材を使っていたり。大手では真似できないような手間ひまを掛け、家では再現性が難しいものにしています。盛り付けが下手ならすぐにSNSの写真に載るし、速さを求め過ぎて適当な接客をすればあっという間に悪い口コミが広がります。スタッフもそれを分かっていて、目標はシンプルですが目指すクオリティは高く、失敗は許されない、絶妙な数字だと思っています。

――従業員の方も100食限定にすることで、仕事に対するモチベーションが変わってくるのでしょうか。

中村: 通常の飲食店は、営業時間が一つの区切りになっていますよね。そうすると、閉店間際にお客さんが来ると嫌だなって思う気がするんです(笑)。ちょうど片付けが終わったのにとか、帰りが遅くなるなど、最後のお客様をウェルカムできないメンタルになりそうです。

でも、100食限定と目標を決めると、最後のお客様が近づくにつれてテンションが上がっていきます。あと10人だ、誰か歩いてないかなってワクワクする。最後のお客様が近づくと心の中でカウントダウンを始め、ラストのお客様を最高の笑顔で迎えられるんです。電話も同じで、通常の飲食店なら忙しい時間に電話が掛かってくると少しイラっとするかもしれなません。でもうちの店なら電話はほとんどテイクアウトの注文なので、100食にカウントできてやったぁ!と自然と声のテンションも上がります。接客の面でもプラスになると思っています。

残業はなし。早すぎる出勤もなし。

――残業はなく、プライベートも大事にしてもらっているとか。

中村: 誰々のせいで遅くなるとか、上司に休みの許可が得られないとか、そんなお伺いを立てる仕組みはすべてなくしました。職場に早く来すぎても、ダラダラ残っていても叱ります。1人が30分早く来てしまうと、周りも気を遣って迷惑ですし、電車の都合もありますが、原則15分前には来ないようにしてもらっています。時々、私がわざと朝早く出勤してチェックするんですよ。「こんなに朝早く来ている人は誰だ~?」って(笑)。

中村: プライベートの時間も、たとえばアイドルのコンサートに行きたいとします。通常はまず会社に休みの都合を確認するかもしれませんが、うちでは先に手あたり次第チケットを申し込みなさいって言っています。チケットが当たったあとで休みの申請を出せばいい。他にもヨガや英会話教室に行く人や、家族と一緒に夕飯の買い出しに行ったり、それぞれ自分が好きなように過ごしていますね。

選択肢が少ないと余白が生まれる

――選択肢が多くて迷いがちな世の中で、佰食屋さんの営業も勤務のように選択肢が少ないからこそ得られるものはあるのでしょうか。

中村: 選ばない自由というのでしょうか。選択肢が少ないからこそ自分のやることが分かると思うんです。他に迷うことがない分、好きなことに集中できて、気持ちの余白も生まれやすい。結果的に自己肯定感も高くなるのではないでしょうか。選択肢が多いとそこで悩んでいるうちに、自分は何が好きでそうでないか、わからなくなってしまうと思うんです。

たとえば、選択肢が7個とか8個あると迷いますが、3個だったらパッと決めて、次の選択肢が広がります。佰食屋なら、すぐにメニューを選んで30分で美味しいものを食べてハッピー。では次は喋ろう!とカフェに移動できます。

私たちも100食限定という目標が一つだからこそ、お客様の変化やちょっとした味の違いにすぐに気づくんです。余裕がある日は、店の周りを掃除していると近所の方と交流が生まれたり、従業員同士お互い知っていることを教え合ったりしていますね。

中村: さらに、うちの店ではどの選択肢でも最高の結果を与える自信があります。3種類のみのメニューはもちろん、従業員の働く環境もです。会社が従業員の幸せの基礎を提供する。その先は自分が好きなように、たとえば副業をしたり、長期休暇をとって海外旅行に行ったり、子どもと遊んだり自由に過ごしたらいいと思います。

選ばなくてもいいと思ってもらうには、圧倒的な商品力や、選ぼうとすら思わせないレベルの高さも必要でしょう。そこで初めて選ばない自由、選ばなくてもいいよねっていう自信と自己肯定感が生まれていくと思うんです。

売上を、減らそう。たどりついたのは業績至上主義からの解放

著:中村朱美(佰食屋)

発行:ライツ社
社員を犠牲にしてまで「追うべき数字」なんてない―。「社員の働きやすさ」と「会社の利益」の両立…京都の小さな定食屋が生んだ「奇跡のビジネスモデル」とは? 

●中村朱美(なかむら・あけみ)さん
1984年、京都生まれ。2012年に「国産牛ステーキ丼専門店 佰食屋」を開業。「どれだけ売れても1日100食限定」「営業時間は3時間半のみ」「飲食店でも残業0」というビジネスモデルを実現。「新・ダイバーシティ 経営企業100選」に選出。6月に初の著書「売り上げを、減らそう」(ライツ社)を出版。

東京生まれ。千葉育ち。理学療法士として医療現場で10数年以上働いたのち、フリーライターとして活動。WEBメディアを中心に、医療、ライフスタイル、恋愛婚活、エンタメ記事を執筆。
写真家。1982年東京生まれ。東京造形大学卒業後、新聞社などでのアシスタントを経て2009年よりフリーランス。 コマーシャルフォトグラファーとしての仕事のかたわら、都市を主題とした写真作品の制作を続けている。