文筆家・岡田育さん(39歳)

大胆にすべてを捨てる必要はない。「八方美人」をやめる方法

文筆家・岡田育さん(39歳) 『ハジの多い人生』『嫁へ行くつもりじゃなかった』など、女性の素直な心を綴ったエッセイが多くの共感を呼んでいる文筆家の岡田育さん。会社員生活を経て、エッセイストとして独立。著作を多数発表し、テレビでのコメンテーターを務めたりと多彩な活躍をする中、2015年よりニューヨークに居を移します。とても身軽に見えるその経歴の裏にはどんな考え方があったのでしょうか。2019年5月に上梓された『40歳までにコレをやめる』のエピソードと合わせて話を聞きました。

「八方美人をやめる」は難しい

子どものころから、早く「みんなと同じをやめる」をしたいと、ずっと思っていました。大人になってまで満員電車に乗りたくない、とかね。でも同時に、優等生タイプで八方美人で「みんなと同じようにちゃんとしなくちゃ」という気持ちも心の中にあった。その2つの感情のバランスをとりながら、この歳まで来た感じがしています。

「みんなと同じ」の比率は、子どものころのほうが大きいですよね。学校なら、時間割があって、制服があって、クラスメイトが固定されているから、友達もあんまり自由に選べなくて。それを不自由とも思っていなかったりして。
でもその子どもの頃に構築した感覚のまま、大人になっても当たり前だと思っていると、人生の大半を「人と同じにしなくては」という考えに支配されて過ごしてしまうことになる。

無人島で世捨て人として暮らすわけでもない以上、世の中なんでもかんでも思い通りにはならない。でも、振り返った時に「人に合わせるばっかりで、私の人生ってなんだったんだろう」と思うのも嫌ですよね。
自分で上手にコントロールしながら、「みんなと同じ」「ここだけは違うぞ」の比率を変えていけるといいなと。

例えるならば、お弁当の中身が、若い頃は8割がご飯、それ以外がおかず、みたいなことでしょうか。大人になったら自分でお弁当箱の仕切りを動かして、白米は3割くらいに減らして、好きなおかずを、好きな分だけ詰めればいい。なんでこんな例えを出したかっていうと、アラフォーにもなると白いご飯ってもうそんなに量を食べられなくなるでしょ(笑)。人の弁当箱と見た目やサイズが違っても、今の自分にとっての栄養バランスを考えて変えればいいと思うんですよね。

ただ、現実はなかなか、この「人生という弁当箱の仕切り」を自分で動かせない人も多い印象がある。「ずっと白米8割で来たんだから今更もうこの黄金律は変えられないよ!」って。
でも別にね、「明日からお弁当やめてパンにしろ!」っていう、そんな大胆な変化じゃなくていいと思うんです。というか、それが不可能だからこそ、弁当箱のおかず比率ちょっと変えてみる、くらいから始めるしかない。子供の頃なら「あの子と絶交して人生リセット」とか「黒歴史を全部捨てて高校デビュー」みたいな劇的な「やめる」可能性もあったかもしれないけど……いきなり別人に生まれ変わろうとするより、今まで培ってきたものは大切にしつつ、少しずつ、だけど意識的に、自分で自分の仕切りをじわじわ動かしていけるといいんじゃないでしょうか

「急にやめる」ではなくフェードアウトする

『40歳までにコレをやめる』という本を書いていながら、キッパリやめることができたものばかりかというと、決してそんな事はないんです。私自身もずっと、できないのにやめられずにいることに、もやもやしていた。だからこそこんな、256ページもある本を書いてしまった。「自動車の運転をやめる」だけで何ページも葛藤してますからね(笑)。

小学生の頃から、思春期、大学生時代、社会人1年目……。この時こんなことを考えていたな、あれってもうこのときにはやめられていたんだな、と思い出しながら、1つ1つの章を書きました。

とはいえ、やめるのが難しいこともありますよね。私、昔からお中元お歳暮のようなおつきあいが苦手で、早めに手配するとか、全然うまくできないんですよ。最初は親戚や友人からやめさせてもらって、だけど、仕事でおつきあいのある目上の方とはどうしても続けなくちゃいけなかったりして、うーんどうしよう、と悩んでいたところへ、海外転居を口実に、なんとかやめられました。あのまま日本に住んでいたら続けていたかも……。
「やめる」という言葉、一刀両断、バツッと断ち切るようなイメージを持つ人もいるかもしれませんが、私はいつも「火力を絞る」イメージです。燃え盛る炎を少しずつ小さくして、最後はロウソクの火を吹き消すように「やめる」。これなら、できそうな感じがしませんか。徐々にフェードアウトに向かっているんだ、手元で火力をコントロールできているんだ、という手応えが大切で。そうするとふと「今、一息で消せるな」というタイミングが訪れたり、するんですよ。

みんなが自己中心的に動いても、ぶつからない社会

私はこうして本を書くことで「やめる」と向き合いましたが、自分の決断について深く掘り下げるのが苦手、という方も多いかもしれません。鏡に映った自分の姿を直視したくない、というような。私も自己評価が低くて、長らく自分のことを嫌いだと思い込んでいました。でも、「なんでこんなにダメなんだ」って自分のことばかり悶々と考え続けている、それってめちゃくちゃ自分が好きってことですよね(笑)。だったら、欠点を探すために鏡を見るんじゃなくて、いいところを探すために覗き込んだっていいよね、と考えられるようになりました。

人生に思い悩むって、自分に対して時間を使っているということなので、なるべくポジティブな結論を出したいでしょう。
そして本当は、みんながそうやって自己中心的に動いてもぶつからない、という状態が、社会の理想だとも思うんですよ。
わがままは言うな、我慢しろ、みんな止まって上からの指示を待て、じゃなくてね。全員が好き勝手に動きながらも、お互いウィンカーを出し合って、「私は次の角はこう曲がりたいの」「この後はそっち方面に進むからね」と、ぶつからないようにコミュケーションをしながらドライブできる世の中になっていった方がいいですよね。まぁ、私は自動車の運転もやめたので一人だけ徒歩なんですが(笑)、並行して走る人たちに「こう生きるのも楽だよ」と声かけながら歩いていきたいですね。

40歳までにコレをやめる

著:岡田育

発行:サンマーク出版

現在肩書き無し。30歳の夏、港区での彼氏との同棲を解消、同時に8年マネージャーとして勤務した芸能事務所を退社する。ライター業ではお笑いやサブカルチャーに関するコラムをwebサイトに寄稿など。
写真家。1982年東京生まれ。東京造形大学卒業後、新聞社などでのアシスタントを経て2009年よりフリーランス。 コマーシャルフォトグラファーとしての仕事のかたわら、都市を主題とした写真作品の制作を続けている。