「愛の不時着」11話。もっと深く「不時着沼」に沈むためのキーワード「デカルコマニー」と「ラーメン駆け引き」

日本で「第4次韓ドラブーム」が巻き起こした、Netflixで配信中の韓国ドラマ「愛の不時着」を全話レビュー。軍事境界線を守る朝鮮人民軍のエリート大尉と韓国の財閥令嬢の極秘の恋を軸に物語が進みます。11話で舞台が入れ替わり、リ・ジョンヒョク(ヒョンビン)が韓国にやってきます。「愛の不時着」をもっと楽しむためのキーワードを解説します。

「愛の不時着」と「デカルコマニー」

先日、Netflixの「今日の総合TOP10」を見たら「愛の不時着」が1位になっていて仰天した。配信が始まってからまもなく1年経つが、今なお多くの人を沼の底に引きずりこむ「愛の不時着」を振り返っていくレビュー。今週は第11話。

ユン・セリ(ソン・イェジン)を守るため、韓国までやってきたリ・ジョンヒョク(ヒョンビン)。舞台が入れ替わったことで、これまでにもあった「デカルコマニー」の要素がとりわけ色濃く現れたエピソードだった。

デカルコマニーとはフランス語で、転写画、写し絵という意味。幼稚園や小学校で、紙の半分に絵の具を塗り、紙を折ることで絵の具を転写させて左右対称の模様をつくったりしたことがある人も多いと思うが、あれがデカルコマニーである。韓国ではよく使われる言葉で、“左右対称”とか“そっくり”などを意味する。アカデミー賞を受賞した「パラサイト 半地下の家族」も元々は「デカルコマニー」というタイトルになる予定だった。

11話なら、ジョンヒョクはセリに韓国までやってくる道のりのことを「何ともなかった」と言う。もちろん、これはセリを安心させるための嘘。実際は10キロもある狭い坑道を20時間もかけて這って進んできた。その後、セリが家族との関係について「今は仲がいい」と強調するシーンがある。これはジョンヒョクを安心させるための嘘。二つの嘘が裏返しになっている。これがデカルコマニーである。

チキンをジョンヒョクがセリに先に一口食べさせようとしたのは、2話でセリがジョンヒョクに先に一口食べさせようとしたシーンのデカルコマニー。ラストシーンでジョンヒョクがセリの口を覆って救出するのは、第1話のラストのデカルコマニー。北朝鮮では近隣住民の目と盗聴器で監視されていたが、韓国では監視カメラとインターネット(スマホ)で監視されているというのもデカルコマニーと言っていいだろう。このように「愛の不時着」にはデカルコマニーの手法が何度も使われている。

ここまで読んでもう気づいている人が多いと思うが、左右で北朝鮮と韓国の生活がそれぞれ展開するオープニングの映像そのものがデカルコマニーである。つまり、韓国と北朝鮮は38度線を折り目にしたデカルコマニーであるということ。それが「愛の不時着」というドラマが描こうとしているテーマなのだ。

「好きな人だけ思って生きるんだ。それでこそ、よく食べて、よく眠れる」

顔にマフラーをぐるぐる巻きにされたり、セリに「とりあえずお風呂に」と言われて腑抜けた顔になったり、セリと出かけたデパートでファッションショー状態になったり、突然ヘアスタイルが変わったり、自分が映っている動画のコメントに「顔天才(イケメン)」と書かれて思わずニヤけてしまったりと、11話では北朝鮮での緊張感とはひと味もふた味も違うちょっと緩んだジョンヒョクの魅力があちこちで爆発していた。

だけど、いいことも言っていた。セリが悪意を剥き出しにしてきた次兄のセヒョン(パク・ヒョンス)、サンア(ユン・ジミン)夫婦に脅しともとれる言葉を投げつけられたときのこと。このときのセリの反撃はさすがだった。

「人生では忘れてはならない3人がいる。窮地を救ってくれた人、窮地に置き去りにした人、そして私を窮地に追い込んだ人」

だからあなたたちのことは忘れないと言い放ち、次兄夫婦を追い返すセリ。だが、実際は弱っていた。そんなセリをジョンヒョクは抱きしめて諭すように言う。

「だが、覚えててくれ。忘れてはならない人は、憎い人じゃなくて好きな人だ。人を憎み続けると、気持ちが荒れて自分が傷つく」

さらに続ける。

「好きな人だけ思って生きるんだ。それでこそ、よく食べて、よく眠れる」

女は怒っちゃいけないと言っているのではない。女だって怒らなきゃいけないときがある。ジョンヒョクが言っているのは、俺が代わりに戦う、ということだろう。実際、立場も忘れて次兄夫婦の前に飛び出そうとしていた。これまでセリを守るために何度も戦ってきたジョンヒョクだから言えるセリフだ。

実は大物スターだった占い師

ジョンヒョクを連れ帰るという特命を帯びて韓国にやってきた第5中隊の面々と“耳野郎”ことチョン・マンボク(キム・ヨンミン)。ピョ・チス(ヤン・ギョンウォン)から「兄貴(ヒョン)」と呼ばれて、まんざらでもなさそうな顔のマンボク。ここまでずっと辛そうな顔をしていたマンボクが楽しそうにしているのを見ると、それだけでちょっと嬉しくなる。

一方、舎宅村のお姉さんたちは着飾って占い師に将来のことを占ってもらう。なんだか長いシーンに感じられるが、占い師を演じたキム・スクは韓国の人気お笑いタレント。芸歴25年のベテランで、なんと昨年末には「2020KBS芸能大賞」で見事に大賞を受賞、授賞式で感動の涙を流した。

占い師は「この村に血の嵐が吹き荒れる」と言ったが、北朝鮮ではチョ・チョルガン(オ・マンソク)の悪事がすべて露見し、これまで彼とズブズブだった高官たちも次々と逮捕された。ヨンエ(キム・ジョンナン)の夫も逮捕されたわけだから、占い師の言うことは当たっていたということか。

違法だったキープ事業も発覚し、ク・スンジュン(キム・ジョンヒョン)も追われる身になる。いつか裏切りそうだったチョン社長(ホン・ウジン)が自分を盾にしてク・スンジュンを逃したのが意外だった。いいところ見せたね、チョン社長。

行き場を失ったク・スンジュンを助けたのが、ソ・ダン(ソ・ジへ)だった。ジョンヒョクと住むはずだった新居にク・スンジュンを入れるのだが、「何の痕跡も残さないで。息だけして出ていくのよ」と冷たく言い渡す。これは、セリがジョンヒョクに「ここにいる間、あなたは何もせず、じっとしてて。思い出になる行動は禁止よ」と言ったシーンとのデカルコマニー。ふたつのカップルが対称的であることを示している。

行き場を失ったク・スンジュンを助けたのがソ・ダン(ソ・ジへ)/Netflixオリジナルシリーズ「愛の不時着」独占配信中

「ラーメン駆け引き」の元ネタとは?

部屋を出ていこうとするソ・ダンに、ク・スンジュンがバッグいっぱいのインスタントラーメンを見せて「ラーメン食べる?」と誘う。これが「愛の不時着」裏名場面の一つ、「ラーメン駆け引き」のシーンだ。

ふたりで鍋に入ったインスタンラーメンを分け合いながら、ク・スンジュンは「ラーメンには社会的に与えられた意味がある」と言う。「“ラーメン食べる?”と誰にでもは言わない」から、ソ・ダンに今後他の男にラーメンを食べようと誘われてもきっぱり断るように伝えるのだ。インスタントラーメンをちゅるちゅると啜りながら、意味深な微笑みを浮かべるソ・ダン。ク・スンジュンは口八丁手八丁だったはずなのに、この微笑み一発で心かき乱されてしまう。

ところで、「ラーメンには社会的な意味がある」だなんて、ク・スンジュンのでまかせだろうと思ったら、実は本当だった。韓国では、男女がただの友達から次のステップに移行するときに使うフレーズが「ラーメン食べていきますか?」なのだ。「もっと一緒にいたい」「一晩をともにしたい」という意味で使われる言葉で、日本でかつて流行った「夜明けのコーヒーを飲みたい」に近いニュアンス。元ネタは、2001年の映画『春の日は過ぎゆく』でイ・ヨンエ演じるヒロインが家まで送ってくれた男に言ったセリフ。映画は大ヒットを記録し、若者たちの間で「ラーメン食べてく?」という誘い文句が大流行した。

ソ・ダンが気になって仕方なくなり、朝までコールバックを待ち続けるク・スンジュンが可愛らしい。それでいて、ちゃんとコールバックしてやるソ・ダンもまんざらではなさそう。はたして二人の運命は……。

ラストシーンは、チョ・チョルガンの襲撃シーン。セリはピンチに陥るが、ジョンヒョクに救出される。最初は何だかよくわからなかったシーンだが、第12話のオープニングで説明されるからご安心を。次は第5中隊の活躍も見られるぞ。デデン!

■「愛の不時着」全話レビュー
1:「愛の不時着」一度ハマったら抜け出せない底なしの沼。全話徹底レビュースタート
2:「愛の不時着」2話。ユン・セリの胆力「あんたなんか怖くないわ。掘った穴に自分で入れば?」
3:「愛の不時着」3話。「月の光」はリ・ジョンヒョクによく似合う
4:「愛の不時着」4話。セリのために掲げたアロマキャンドル、ジョンヒョクは2020年型の王子様
5:「愛の不時着」5話。セリ「あなたには幸せでいてほしい。どんな電車に乗っても、必ず目的地に着いてほしい」
6:「愛の不時着」6話。セリ「私を運命の人だと思いたいの?」ジョンヒョク「僕の見える所にいてくれ」
7:「愛の不時着」7話。ジョンヒョクとセリ“守る者”と“守られる者”が鮮やかに反転
8:「愛の不時着」8話。ジョンヒョク「ケガはない?」自分がケガしてるのに!いつも愛する人ファースト
9:「愛の不時着」9話。ジョンヒョクがギュッと凝縮された数分間に陶然
10:「愛の不時着」10話「あの出来事を最初からもう一度繰り返してもかまわないと思えたら、それが愛だろうか」
11:「愛の不時着」11話。もっと深く「不時着沼」にひたるためのキーワード「デカルコマニー」と「ラーメン駆け引き」
12:「愛の不時着」12話。ジョンヒョク「生まれてきてくれてありがとう。愛する人がこの世にいてくれてうれしい」
13:「愛の不時着」13話。セリ「自分は自分で守る。私を信じて」いよいよラストスパート
14:「愛の不時着」14話「不時着」ってそういう意味だったの!?「北朝鮮への不時着」だけではなかった
15:「愛の不時着」15話「その選択をして、私は幸せだったわ。リさん」セリズ・チョイスからまっすぐに次回最終回
16:最終話「愛の不時着」ジョンヒョク「会いたいと心から願えば、会いたい人に会えるかと聞いたろ? きっと会える」

 

『愛の不時着』
出演:ヒョンビン、ソン・イェジン、ソ・ジヘ
原作・制作:イ・ジョンヒョ、パク・ジウン

ライター。「エキレビ!」などでドラマ評を執筆。名古屋出身の中日ドラゴンズファン。「文春野球ペナントレース」の中日ドラゴンズ監督を務める。
ドラマレビュー