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「声の力」プロジェクト

全盲のシンガーソングライター・大石亜矢子さん 「声には、エネルギーを一直線に伝える力がある」

文化庁の「令和2年度 障害者による文化芸術活動推進事業」として、視覚障害児が声による伝え方の多様性を学び、自分の可能性を再発見することを目指す「声の力」プロジェクト。今回は、視覚障害を持ちながら音楽大学に進み、現在、プロのシンガーソングライターとして活躍されている大石亜矢子さんに「声の力」についてお話を伺いました。私生活では、全盲の弁護士・大胡田誠さんと2010年に結婚。現在は9歳の女の子と8歳の男の子のお母さんでもあります。

顔の表情のように、声から人となりを読み取ります

――シンガーソングライターとしての活動が、20年を超えたそうですね。歌を聞いてもらう活動を積み重ねる中で「伝える」ことに関して改めて気づいた点はありますか?

大石: 音楽に乗せて言葉と思いを届けるには、しっかりとした自分というものがないと伝わらないなということを実感した20年でした。始めた頃は「ああいうふうにもなりたい」「こんな声だったらいいのに」という思いが強く、なかなか自分の声を認められない時期もあって。でも最近、心から楽しんで歌えるようになりました。

――ライブでは、どんなふうにして「伝わっている」という実感を得るのですか?

大石: 90%以上は、音から感じます。お客さんの息遣いや椅子の音、拍手などから雰囲気を察したり、トークで笑ってくれるかどうかといったリアクションで「ちょっと硬い」とか「だんだんほぐれてきたな」とか思ったり。歌っているときに、会場から嗚咽(おえつ)が聞こえてくることもあります。そういうところから「あ、何か感じてくれているのかな」と――。

――視覚に障害があると、人とのコミュニケーションにおいて、とりわけ「声」に敏感になると思います。たとえば人と話しているとき、相手の声からどういうことを感じているのでしょう?

大石: 皆さんが誰かとお会いして話す際は、表情や目を見て、そこから感じ取ることがありますよね。「ちょっと難しそうな人だなぁ」「楽しそうな人かな」「軽すぎて怪しいかな」とか。声も同じで、間の取り方、言葉の選び方、抑揚、話すテンポ、そういうものから総合的に人となりもなんとなく推測できるし「いま、機嫌が悪いのかな」といった感情も読み取れます。

深呼吸するときは「吸う」より「吐く」を意識して

――人と上手にコミュニケーションを取るために心掛けていることはありますか?

大石: 私は人見知りで、決して話すのが得意ではありません。でもできれば、あるがままの自分を伝えたいと思っているんですね。そのために「私、話すの苦手なんです」と率直に言うなどして、まずは自分がどういう状態なのかということを、相手に伝えるようにしています。
でも、けっこう威圧感があるお相手だったりすると、こちらも緊張して「はい」と「いいえ」しか言えなくなり、自分が出せなくなります。どうにかして硬い場をやわらかくできないかと考えたとき、私にできるのは、相手と向き合いたいという気持ちを伝えることと、あとはできるだけ笑顔でいることだと思ったんです。それと、自分の緊張や話しづらさから目をそらすのも大事だと気づきました。

――どうやって緊張から気をそらせばいいのでしょう?

大石: 皆さん、緊張すると目が泳いだり、顔がこわばったりすると思います。目が見えない私たちも同じで、無意識のうちに体が固まるし、笑顔が凍りつく。そういうときは、呼吸がちゃんとできているかどうかということに意識を向けるといいみたいです。緊張すると呼吸が浅くなったり、止まったりしがちですから。
深呼吸するときは、吸うほうより吐くほうを意識するとちゃんと吸えるんです。それと、吸うときに足を踏みしめること。そうやって軸というか、芯がしっかりすると、声も伝わりやすくなります。私は「ダイアローグ・イン・ザ・ダーク」という暗闇で行うイベントもやっているんですね。完全に光を閉ざした暗闇の空間で、聴覚や触覚など視覚以外の感覚を使って、日常のいろいろなシーンを体験するエンターテインメントなのですが、このときも、ちゃんと足を踏みしめて丹田に力を入れて話すと自分も落ち着きますし、皆さんによく伝わり、安心感も与えるようです。

写真:ティートックレコーズ提供

夫の声は呼吸が深く浮ついていない、だから安心できる

――今、コロナ禍で人に会うのが難しい状況です。そんななか、いままでメールやラインのやり取りが多かったけれど、敢(あ)えて電話をしてみたら“声”でつながることでこんなに癒やされるのかと改めて感じた、という話もよく聞きます。

大石: 最近の若い方はデジタルでのコミュニケーションが中心で、肉声で話すことが少ない世代。もちろん文字の力も視覚の力も大きいとは思いますが、やはり「声」には何か特別な力を感じますね。
電話などで音声だけでコミュニケーションをとると、それに集中できますよね。すると相手の言葉や声、雰囲気を体全体で受け止めることができる。だからすごく伝わるし、励まされるし、人が持っているエネルギーや波動みたいなものが声というひとつのツールを通して一直線に届いていくのだと思います。

――そういえば、ご著書である『決断。――全盲のふたりが、家族をつくるとき』のなかで、後に夫となる人のことを「誠さんの声を聴くとなぜか心が安らぎ、力が湧いてくる」と書いていますね。頭痛薬より力がある、と。当時はまだ、交際前だったようですが、彼の声から何を感じたのでしょう?

大石: 端的に言うと、好きな声だったんです。好きな声というのは、音質の問題ではありません。音質だけなら3日で飽きる(笑)。やはり声から総合的に彼の人となりを感じ、安心したのだと思います。声には人柄が出ますから。彼の場合は、呼吸が深いんです。だからテンポも落ちついているし、浮ついていない。

――呼吸が深いということは、精神が安定しているとも言えそうですね。

大石: まさにその通りだと思います。当時私は「今日も何か悪いことが起きそう」みたいなネガティブな感情もあったし、心も不安定でした。そのせいか体調も悪く、毎日頭痛もしていた。だから精神が安定していて、やさしさを感じさせる声を求めていたのかもしれません。

できない理由を探すのは簡単。その前に自分を信じよう

――夫となられた大胡田誠さんも、視覚障害をお持ちです。大石さんは結婚やお子さんを持つことなど、人生の節目に際して、パッと潔く前に進む方だと感じました。

大石: 小さいことに関しては、ぐずぐずしてなかなか決められなかったりするんですけど、大事なことは「これだ」という直感に従ってきた気がします。その原動力は、自分を信じたいという思いです。「こうだからできない」「自分には無理だ」などと、できない理由を探すのは簡単だけど、できることもそれと同じくらいいっぱいあると思うんです。だから、決めたら思い切って飛び込む。そしていろいろな視点を持つことが、自分を幸せにしていく方法ではないか、と思います。

――プロの声優さんの指導のもとに高校生たちが取り組む、この「声の力プロジェクト」については、どのような印象をお持ちになったでしょうか?

大石: うらやましいなぁと思いました。やはり声は、私たち見えない者にとって、いちばん身近なコミュニケーションの手段なんですね。そこに、このように声の専門家が関わってくださると、生徒さんたちはここで体験したことをひとつの職業として、夢として追いかけることもできるでしょうし、そこまで行かなくても、ただ声の生かし方、声を意識することを知るだけでも人生が開けてくる。未来に明るい光が射してくると思うんです。記事からも、生徒さんが生き生きしている様子が伝わってきますし、的確なアドバイスを受けて、楽しみながら自信がつくということは、素晴らしいことだと思います。見えない私たちが感じるよりも、見える声のプロの人たちといろいろなワークショップに取り組むことで、きっと皆さんの視野も広くなるはずです。身ぶり手ぶり、全身を使いながら声を出すということも伝えていただけると思うのですが、体を動かすことによっても声は変わってきます。そうしたコツを教えていただけることが役立って、表現の可能性も広がってくると思うんです。

――登場された生徒さんの中には、大石さんが卒業された学校の生徒さんもいました。いま、彼らをはじめとする”後輩”たちにエールを送るとしたら、どんな言葉でしょう?

大石: 遠慮しなくていいよ、ということでしょうか。私たちは見えないが故に、周りの状況を読めないときがあり、夢中で話し続けてしまったり、声が目立ってしまったりすることがあります。それが原因で恥ずかしい思いをしたり、悲しい思いをして、気にし始めると、声を出すのが怖くなってしまうことがあるんです。でも、周りを意識することも大事ですけれども、見えても見えなくても、最終的に人と人は言葉で伝え合ってわかり合うもの。その意味では対等なんだよ、と伝えたいですね。しっかり伝えて、相手のこともしっかり聞く。その気持ちがあれば、大丈夫。だから声を出すことを怖がらないで、と。

――いま10代の人たちのなかは、大石さんみたいに果敢に夢をかなえて努力されている方に憧れる人も多いのでは。どうしたら、夢が実現できるのでしょうか?

大石: 何かを好きでいること。そして、夢がかなったときの楽しい未来を想像し続けること。あとは、諦めないことでしょうね。私の場合、それが音楽でしたが、形にこだわらなければ、音楽はやれるんですよね。もちろん、どうしてもプロになりたいという場合は、厳しい練習も必要でしょうし、運もあるかもしれません。でも、やっぱり苦しいことは続かないので、楽しくやっていくのが大事かな、と。それはどんな夢であれ、共通することだと思います。

【大石亜矢子さんプロフィル】
1975年、千葉県生まれ。男女の双子として早産で産まれる。保育器の高濃度の酸素によって網膜が損傷する「未熟児網膜症」により失明。2歳のとき静岡県沼津市に移住。筑波大学附属盲学校(現・筑波大学附属視覚特別支援学校)の中学部・高等部を卒業後、武蔵野音楽大学声楽科卒業。ソロによる歌唱のほか、ピアノの弾き語りによる演奏活動を行う。2010年、全盲の弁護士・大胡田誠さんと結婚。一男一女に恵まれる。盲導犬の啓発活動などを行うかたわら、誠さんとともに「全盲夫婦によるトーク&コンサート」を各地で開催している。

ライター。福岡県生まれ。国際基督教大学卒業後、コピーライターとして広告代理店に勤務。退社後、世界各地を旅する生活を経て、1991年「ガンジーの空」で海燕新人文学賞受賞。 女性誌を中心に人物インタビューなどを多数手がけている。著書に『旅する胃袋』(幻冬舎文庫)。
日本大学芸術学部写真学科卒業。広告代理店のスタッフフォトグラファーを経てフリーに。 これまでに政治家、文化人、音楽家などのポートレートを数多く撮影。 アイルランドの風景や上海の歴史的建築物もライフワークとして撮り続けている。