松坂俊「女性の安全をポップに支援する。男性だからこそやる意味とは」

100カ国超で展開する広告代理店・マッキャンエリクソンの社員であり、閉塞感を乗り越えて挑戦する空気を作ろうと大企業の若手有志が集まったコミュニティONE JAPANの幹事も務める松坂俊さん(34)。日本とマレーシアの2拠点生活を送りながら、マレーシアを中心に女性の安全を守る支援活動を行っています。多忙な日々の中でなぜ、社会貢献を目指すのか。活動を始めたきっかけや現状を聞きました。

マレーシアには未婚女性を性暴力から守る十分な法律がない

松坂俊さん(以下、松坂): マッキャンマレーシアの元同僚にユイニーという女性がいるのですが、彼女がある時、元恋人から性的暴行を受けた過去の体験を話してくれたんです。彼女はその事件があってから、8年もの間トラウマで苦しんでいたそうです。

マレーシアは東南アジアの中で比較的安全な国と言われ、日本人の住みたい国ランキングで13年連続ナンバー1という調査もあります。実際住んでみても親切な人ばかりで、とても良い国だと思います。

ただ、一方で闇の部分があるのも確かです。たとえば17歳以上で未婚の女性をレイプなどの性的暴行から守る法律がない。極論を言うと、道端でレイプをされても男性は十分に裁かれないというのです。ユイニーは自身の体験をきっかけに、法律を変えるチャレンジをしたいという思いを持っていました。

ユイニーは大事な友達ですし、僕自身、妻と子供がマレーシアにいて他人ごととは思えない。身近で困っている一人の友達を助けるという当然の行動が、その先の数十万人が同じ悩みを抱えている人も助け、社会貢献にも繋がるのではないかと考えました。それで、ただ応援するだけではなく、自分のプロジェクトとして出来る限りのお金や時間、ネットワークも使ってサポートすることにしたんです。

――現在は主に、どんな活動に力を入れていますか?

松坂: 元々存在するライティングセラピーというセラピーの手法をさらに”アップデート”する活動をしています。そもそもライティングセラピーとは、感情を「棚卸し」することによって自分は今ここに囚われていると客観視したり、思いを吐き出すことによって、精神的健康を促進させたり過去のトラウマを克服したりするための療法です。ユイニーもライティングセラピーによって、かなりの部分が克服できたと言って言います。

今回はそれをさらにアップデートし、書かれた文章と感情をセットで見て、さらに理解が深まるよなシステムを作りました。たとえば、たとえばドメスティックバイオレンス被害者が加害者のパートナーに対して「あの人が憎い」と書くとします。文字としての情報は「憎い」という感情ですが、脳波を調べてみると、それは悲しみとパートナーとしての愛情が混在しているとわかることもあります。

通常のライティングセラピーはセラピストの能力に左右されますが、脳波計を使うことでそうしたズレがでにくいというメリットもあります。まだ、プロトタイプの状態ですが、今、現地の病院や政府機関などとも協力して、このシステムが一般的に使えるようになることを目指して動いています。

 ――女性が守られない法律を変えていくことには、どうやってつなげていくんですか。

松坂: ライティングセラピーの結果からアート作品を制作するプロジェクトを進めているところです。「Project Unsilence」という名前で、セラピーで解析した被害者の悲しみや恐怖、愛情などの感情データを可視化して、被害者の手紙とともに表現する作品をつくっています。このプロジェクトによってマレーシアの国内外に議論を巻き起こして、法律改正を促していきたいと思っています。

Project Unsilenceのアート作品(松坂俊さん提供)
Project Unsilenceのアート作品(松坂俊さん提供)

あえて遠いところから発信する

――松坂さんのように男性が女性支援に対して自分ごととして発信したり、活動したりする例は、日本ではまだ少ないように感じます。

 松坂: そうですね。今では反省していますが、私自身共感はしても、被害経験のない自分が被害者の方にどう向き合っていいか分からなかった。軽々しいテーマではないので、近寄りがたかったというのも正直あります。しかし、被害者にあった友人の話があったからこそ、妻子がいる私も自分ごととして考えることができるようになって、何かしたいと思ったんです。

 始めた当初は友達をサポートすることだけ考えていました。しかし後から気づきましたが、男性である僕だからこそ、この活動をやる意味があると思っています。

 ――男性だからこそ、できることがある?

 松坂: はい。僕は今、マレーシアの女性支援について外国人の男性である自分のような存在が、なるべく「遠いところ」からの視点を持って開発したり発信することも有効かなと思っています。

 もちろん被害者の方が声を上げることは絶対大事ですし、否定することは100%ありません。ただ、結果的に元々その問題に関心がある「近い人たち」ばかりが集まって、共感できる人が限定されてしまう。そうした「近い人たち」はすでに問題に共感しているから、同じメッセージを送っても100周目だったりします。それでは、痛みを分かち合う場所や解決するためのネットワークが広がっていきません。

 そこで考えたのが、今、取り組んでいるアートのプロジェクトのように、問題を「ポップ」に表現していく活動です。例えばミュージシャンや、漫画家や、アーティストをイメージしてみてください。彼らは社会の問題点を、絵や音楽、実際にあったことをモデルにした物語などにして表現します。そうやってアプローチを少しだけ変化させて社会に語りかけることで、これまでと違った角度から、より多くの人々を巻き込んでいくことができます。

 「ポップ」という言葉につきると思っているのですが、重たいトピックで悪気は無くても多くの人が近寄りがたい領域であるからこそ、明るさも取り入れた作品やプロジェクトにしていくことで、声が届きやすい場所に出ることができる。そうやって、まずはたくさんの人に関心を持ってもらうことが大切だと思っています。

 

 ――広告業界にいることが、そうした発想につながっている部分もあるのでしょうか。

松坂: そうですね。広告業界にいる自分の経験や立場を活かして、何か社会に還元したいという思いがずっとありました。

そもそも広告業界ってとても優秀な人たちが集まっているのに、世界の中で余裕のある何%かの人たちのためにその頭脳のほとんどが使われていて、残りの90%以上の苦しんでいる人達に向いていないと思っています。ミレニアル世代はそこに違和感を持って、社会に意義のある事に取り組みたいと思っている世代なので、共感できる仲間と協力していくことが大切だと思っています。

――積極的に女性支援をするようになって感じたことはありますか?

松坂: 今でも女性支援活動をしているという認識はあまりなくて、困っている友達をサポートしたり妻や娘の住む場所をもっと良い場所にする活動と捉えています。これまでは自分のアンテナがそこに向いていなかっただけで、知人から「実は友達や親戚が悲しい思いをしていた」とか、「自分の周りにも活動している友達がいる」といった話を思っていた以上に聞きました。それほど身近な問題であることを皆さんにももっと気づいてもらって、自分事として意識する人が増えていけばと思います。ONE JAPANのメンバーとも協力し合いながら、これからも活動を続けていきたいです。

  • Project Unsilenceの動画はこちら(設定ボタンから日本語の字幕表示ができます)

■松坂俊(まつざか・しゅん)さんのプロフィール
1984年、東京都生まれ。2008年、マッキャンエリクソンに入社。2015年、マッキャン・ワールドグループ国内外の1980年~2000年代前半生まれのメンバーで構成されるユニット「マッキャン・ミレニアルズ」を立ち上げる。ONE JAPANではグローバル・クリエイティブ担当の幹事。現在は日本とマレーシアの2拠点生活を送りながら、国内外の様々なプロジェクトをリードしている。

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ONE JAPAN

東京生まれ。千葉育ち。理学療法士として医療現場で10数年以上働いたのち、フリーライターとして活動。WEBメディアを中心に、医療、ライフスタイル、恋愛婚活、エンタメ記事を執筆。
写真家。1982年東京生まれ。東京造形大学卒業後、新聞社などでのアシスタントを経て2009年よりフリーランス。 コマーシャルフォトグラファーとしての仕事のかたわら、都市を主題とした写真作品の制作を続けている。