「恋愛を勝ち負けで考えている人って多い」。角田光代さんと語る恋のカタチ

仕事や自分のことはどうでもいい。ただ好きな人と一緒にいたいだけ――。 そんなミレニアル女子の純度100%の恋の顚末を描いた角田光代さんの小説『愛がなんだ』が映画化されます。人に本気で恋したのっていつだっけ……。 そんな思いを胸に抱きつつ、作者の角田さんに映画の感想や小説に込めた思いを聞きました。

一目惚れしたマモルのことを痛々しいほど一途に思う主人公の山田テルコ。自分にとって都合のいい女でしかないテルコを気まぐれに振りまわす田中守。二人の間に現れた恋敵。そして最終的にテルコが下した思いも寄らぬ決断……。『愛がなんだ』で描かれている恋のカタチが、映画化を機に、今改めて多くの共感を呼んでいます。

――刊行当時に『愛がなんだ』を読んだ時は、恋に全力疾走するテルコに自分を重ね合わせて、胸が苦しくなるほど感情移入しました。でも今、久しぶりに読み返したら、テルコがうらやましくて(笑)。最近、恋から遠ざかっているせいか、こんなに純粋に人を好きになれるって、なんて素敵なことなんだろう!と。角田さんは、なぜこの小説を書こうと思われたのでしょうか?

角田光代(以下、角田): 当時、同世代の同性編集者とご飯を食べながら、「猫系女」と「犬系女」の話をしたことがあったんです。「私は男を振り回すタイプだから、とか言いがちな猫系女が、最近多くない? でもそんなの嘘だよね」とか、「好きだという気持ちを全開にする犬系の人は、負けみたいな考え方があるよね」みたいな話をしていて。そしたら、「そうですよね。じゃあいっそのこと、究極の犬女の話を書きませんか?」と。それで連載することが決まりました。

――みんな好きな人の前では犬のくせに猫のフリをして……、という確信めいた思いはどこから?

角田: やっぱり私自身が犬系なんですね。好きな人ができたら全開で好きになっちゃって、相手に怖がられて逃げられるパターンばかりだったので、本当にみんなそんなかっこいい恋愛をしているの?という思いがあったんです。30歳の頃にも、それこそ言いなりの恋愛をしていたんですけど、ハッと気がついてみたら、私みたいな女って周りにあんまりいなくて。むしろ、したり顔で私に説教する猫っぽい女のほうが多かったんです。でも実際、小説を書きはじめてみたら、主人公のテルちゃんに共感する読者が多くてびっくりしたことを覚えています。 

――人を好きになる気持ちが、これでもかというほど正直に描かれているので、誰でも身に覚えのある感情がよみがえってくるのだと思います。テルコの世界が、“好きな人”と“どうでもいいこと”に二分されているのも、「あるある」と思う人は多いかと(笑)。

角田: テルコはすごくシンプルですよね。すべてはマモルのためで、大げさなぐらいに自分がないというか、“自分がないことが自分である”ようなキャラクターなので。そういうテルコを、ちょっと誇張するように書くのは楽しかったです。

――友だちの葉子はテルコと対照的で、男性を下僕のように扱って振り回します。葉子のことはどんなお気持ちで書いていましたか?

角田: この小説を書いたのはずいぶん前ですが、葉子のように恋愛を勝ち負けで考えて、私は勝ち組だとか、勝ち組になりたいと思っている女の人って、今も多いように思います。でもテルちゃん自身は、そんなことで下に見られようが、負け犬扱いされようがなんとも思わない。むしろ、テルちゃんのことを一生懸命見下そうとしている人たちのほうが、滑稽に見えるところもあるだろうなと思って書いていました。

――確かに。上から目線でいつも不満気な葉子より、マモルに呼び出されたらすぐに駆け付けるテルコのほうがずっと楽しそうにみえました。

角田: 清々しいですよね。特に、映画バージョンの岸井ゆきのさんが演じるテルちゃんは、すごく清らかで、小説よりも軽やかな魅力があってきらきらしていて、全然かわいそうじゃないように見える(笑)。こんな風に生きられたら、これはこれでいいなと思いました。

――「好き」という確固たる思いだけに忠実に生きるテルコの、たくましさや強さも感じました。しかも、マモルのダメなところも全部好きだから、終わりがない。

角田: いやもう本当に強いと思います。自分を相手に全面的に譲り渡すことによって、異様に強くなっているところがありますよね。それにテルちゃんはおおらか。私、猫を飼っているんですが、猫に対する気持ちがそうなんです。何をされても許すし、何をしても可愛いし、何でもしてあげたい。願うのはただひとつ、1日でも長生きしてほしいということだけ。そういう気持ちが、テルちゃんの「好き」なんです。でも、それって普通、人間に対してはなかなか持てない感情なので、すごく大きな人だと思います。

――一途で強くておおらかなテルコは、結婚に向いていると思いますか?

角田: この小説を書いていたときは、テルちゃんはずっとこういう一途な人なんだろうなと思っていました。だけど、この子もきっと、好きになる相手が変われば変わるんですよ。結婚向きの相手だったら彼女も結婚に向くだろうし、尽くすタイプの男が相手だったら彼女も女王様になると思う。

私も50歳を過ぎて、いろいろなパターンがあることがわかってきたんです。たとえば、ずっと彼氏に尽くす人だと思っていた女の人が、相手が変わった途端に女王様みたいになったり、反対に恋人を振り回してばかりいた猫系の人が、相手が変わった途端に犬系になることもあるので。だから当時は、テルちゃんってこの後も同じような男を探して尽くすんだろうな、と思っていたけれど、いやいやどうなるかわからないよ、って今は思いますね。

後編は、4月18日公開予定です。

●角田光代(かくた・みつよ)さんのプロフィール
作家。1967年神奈川県生まれ。90年「幸福な遊戯」で海燕新人文学賞を受賞しデビュー。96年『まどろむ夜のUFO』で野間文芸新人賞、98年『ぼくはきみのおにいさん』で坪田譲治文学賞、『キッドナップ・ツアー』で99年産経児童出版文化賞フジテレビ賞、2000年路傍の石文学賞、03年『空間庭園』で婦人公論文芸賞、05年『対岸の彼女』で直木賞、06年「ロック母」で川端康成文学賞、07年『八日目の蝉』で中央公論文芸賞、11年『ツリーハウス』で伊藤整文学賞、12年『紙の月』で柴田錬三郎賞、『かなたの子』で泉鏡花文学賞、14年『私のなかの彼女』で河合隼雄物語賞をそれぞれ受賞。他の著書に『三月の招待状』『森に眠る魚』『くまちゃん』など多数。