【ふかわりょう】炎上猛
●ふかわりょうの連載エッセイ「プリズム」24
炎上猛
「ほとんどの炎上動画は、僕の作品です」
私が彼に会ったのは、郊外にある小さなスナック。カウンターに座る彼をママが紹介してくれた。にわかには信じられなかったが、いたって真面目に話す彼の言動にもはや、疑う気持ちは芽生えなかった。
「演出だった、ということですか?」
彼のタバコの先がオレンジ色に染まる。
「演出というと大袈裟ですが。状況だけ伝えて、あとは役になりきってもらう。まぁ、いかにして臨場感を出すかという点では苦労しましたが、いざ始まると演者もノリノリでやってくれて」
もともとCMディレクターとして映像作品に携わっていた彼が、「炎上動画」を撮るようになったのは何故なのか。
「どんなCMでも、必ずクレームが来る。今や、目玉焼きに醤油をかけただけで電話が鳴る。せっかく時間と労力をかけてもお蔵入り。よくわからなくなってね。時代を憎んでもしょうがないですから」
そうして、彼は炎上動画を世に送り出すことになった。
「非常に楽しかったですよ。ネットに上げればたちまち大炎上するわけですから。炎を恐れていた僕が、今ではキャンプ・ファイヤーを楽しんでいる、そんな感覚かな」
炎上を恐れるより、炎上を楽しむ。時代の波に乗っているのか、抗っているのか。そうして炎上猛は生まれた。ネットという大海原を自身の作品が泳ぐ姿を眺めて悦に入る。しかし、観ている者はフィクションだと思わないのはいささか腑に落ちない。そんな私の問いに彼は笑いながら答えた。
「ネットなんて玉石混交。噓から出た誠なんていうのもある。何が真実で何が偽りかなんて、誰にもわからない。そういうところから始めないと」
ではなぜ最近になって、至る所で炎上するのか。
「けしからにすと、ですよ」
耳慣れない言葉に戸惑った。世の中には、「けしからん!」と言いたい「けしからにすと」たちが一定数いる。彼らは常に「けしからん」と言うタイミングを待っている。炎上の燃料は彼らの正義心。炎上氏の作品は、彼らにとって、ご馳走なのだとか。
「正義って、厄介なものですよ」
そういうと、彼は遠い目をした。
「その瞬間は正義でも、時代が変わったり、立場が変わると、正義じゃ無くなる。正義は、対岸から見れば悪なんですよ。戦争だって、戦勝国は正義で、敗戦国は悪となる。おかしいでしょ?ほんとはどっちも悪なのにね。結局、正義なんてないんだってことに気づいてね」
ウイスキーが注がれる音が店内に響く。
「報道する際に、モザイクをとれ、みたいなこと言う人いるけど、僕は違うと思う。だって、カメラを回している人も共犯だもの。いわゆる、いじめを止めない人。いじめられているのを笑っている人も共犯。だから、写っている人物だけを晒すことこそ、正義の暴走。もはや自己満足に過ぎない。それにしても、この国の寛容さは、どこに行ってしまったのかね」
そう言ってチェックする彼に、今後について尋ねた。
「しばらくは何も撮らず、のんびりするつもりです」
炎上動画が世に出回ったら、彼の仕業かもしれない。
タイトル写真:坂脇卓也