車イスタレント「障害者=悲惨、じゃない。私たちが社会を変える」

弱い、かわいそう、守ってあげたい。もし、障害者に対してそんなイメージがあるなら、ぜひ彼女たちのことを知ってほしい。その対極をいく、生き方・言葉にハッとさせられるはず。テレビや雑誌などに出演して障がい当事者の心を赤裸々に語り、学校や病院での啓蒙イベント、講演、ファッションショーなどに登壇。さらにSNSやYouTubeでの動画配信とマルチに活躍する彼女たちが伝えるメッセージは、想像以上にポジティブで、強いものでした。

初対面は「なんか怖い人来た!」

梅津絵里さん(以下、梅津) 初めて涼子と会ったのは、障がい女子のためのフリーペーパー「Co-Co Life(ココライフ)☆女子部」の撮影だったよね。涼子は光るタイヤの車イスに乗ってて、ギャルみたいだし「なんか怖い人来た!」って思った。

中嶋涼子さん(以下、中嶋) 私が絵里を初めて見たのは、同じ「Co-Co Life☆女子部」の企画のウェブで。ターバンを巻いていて、オシャレかっこいい!って。車イスへのダサいイメージをポジティブにしたいっていう思いがあったので、絵里の写真に衝撃を受けました。

2017年夏頃、読者モデルとして活動し始めたばかりの梅津絵里さん=Co-Co Life提供

私は私のままなのに「障害者」になった

梅津 私は28歳の時に全身性エリテマトーデスを発症して、6年間、寝たきりにの生活をしていました。壮絶なリハビリを経て、なんとか車いすに乗れるようになり、退院。自宅療養になりました。退院後に、気づけば「障害者」になってる自分に違和感があったんです。私は私のままなのに、障害者って言われるとそれだけで弱い立場になったみたいで。働きたいけど、働けない。ずっともやもやしてました。そんな中、知り合いが教えてくれたのが先ほどのフリーペーパー。これだ!と衝撃が走りました。読者モデルに登録し、雑誌主催のイベントなどに参加する中で、始めて「自分らしさ」を取り戻せたんです。

中嶋 私は9歳のある日、突然、足に力が入らなくなり、下半身不随になりました。1週間前に引いた風邪の菌が脊髄に侵入して発症した「急性脊髄炎」ではないかと診断を受けましたが、今も実は原因が不確かなんです。車いすになり、人目が気になって引きこもりがちの生活をしていた時期もありました。

高校卒業後にアメリカ留学。これが大きな転機になっているんです。そこで「心のバリアフリー」にふれたんですよね。アメリカだと「何で車イスなの?」と気軽に聞いてくれる。日本では、腫れ物に触るみたいな扱いをされていたので、とても驚きました。

特に感動したのは健常の友達と「連れション」できること(笑)。アメリカは女子トイレの中に大きめの個室が必ずあるので、そこを使えばいい。道や店の中も完全バリアフリーで広いし、アメリカにいる間は自分が障害者ということを忘れていたくらいです。帰国した時に、成田空港で障害者用のトイレのマークを見て「あー、私、障害者だった!」って気づいたんですよ。また「障害者コンプレックス」に逆戻り。日本だと、健常の仲間の中では私だけ「障害者用」のトイレに行くことになりました。

梅津絵里さん

梅津 日本だと特別扱いされすぎちゃうのはあるよね。なんでも「障害者用」って。VIP扱いはありがたい反面、ネガティブに感じる時もある。

中嶋 でも、絵里に出会って、文句を言ってるだけじゃなくて、自分で変えていこうとしなきゃだめだなって思ったんです。絵里は6年間も寝たきりを経験したから、「車イスで出かけられるのが嬉しくてしょうがない!」っていつも言ってる。こんなに明るいし、いつも華やかでおしゃれ。私だけがつらいと思ってたけど、全然そんなことないんだなって。

じろじろ見られるのは、有名人と一緒じゃん!と思うことにしてる

梅津 私も障害を受け入れるのには時間がかかったけど、ネガティブに生きるよりも楽しく生きた方がいいなって意識するようになりました。

中嶋 ポジティブ転換はするようになったなあ。じろじろ見られるのが嫌だと思った時もあったけど、今は有名人と一緒じゃん!って思う。見られてるからオシャレにしなきゃ!とか。 

中嶋涼子さん

梅津 私たちの姿をみて「勇気をもらいました」「元気になりました」って言われることも増えました。うれしいよね。

中嶋 障害がある7歳の女の子に「涼子ちゃんみたいになりたい!」って言ってもらえた時は感動したなあ。私たちのライブで歌やダンスを一緒に踊ってくれて。「車イスかっこいい!」と言ってくれる人も増えました。めがねみたいなオシャレアイテムになるといいな。

梅津 障害者だけど、オシャレも、恋愛も結婚も子作りも諦めなくていいと思います。私は病気になる前の25歳で結婚。6年間の寝たきりを支えてくれた夫にはとても感謝しているし、大好き。これからも好きでいてもらえる努力をしたいと思っています。「障害を乗り越えた」その先の日常の小さな幸せも伝えていけたらいいな。

中嶋 私はアメリカで映画の勉強をしていたので、今の夢はね、私たちの活動のドキュメンタリー映画を撮ること。レッドカーペットに車イスのタイヤの線をひきたい。障害も、国も、年齢も全部超えていく存在になりたいな。

【取材後記】
“車イスの女性として”なんて言葉抜きに、私が出会った人の中でベスト10に入る元気の良さでした。何といっても、めっちゃかわいいんです。車イスから上目遣いに見つめられた時には、ドッキドキしました。それを言うと「でしょ~(ニヤリ)」と。そうです、全部計算され尽くされているのです(笑)。弱い?かわいそう?守ってあげたい?そんな感情は一切湧きません。私が思ったことは、3つ。強い、賢い、かっこいい。これって女友達に欲しい3条件じゃないですか?彼女たちは「最強の女友達」として、「障害者」の枠をぶち壊してくれるんじゃないかなと、とても楽しみにしています。

●梅津絵里さん(41歳)
難病の全身性エリテマトーデス(SLE)などによる両上下肢まひ。27歳で発症し、6年間寝たきりの生活に。34歳で退院、自宅療養。2017年に雑誌の読者モデルとして表現活動を開始。在は車イスのファッションモデルや講演など、多彩な活動を行なっている。癒し系の笑顔とそのファッションセンスで、幅広い世代にファンを増やしている。
ツイッター https://twitter.com/umeerin
梅津絵里 公式サイト http://talent.co-co.ne.jp/eri-umetsu/

●中嶋涼子さん(32歳)
9歳の時に病気のため下半身不随になり、車イスの生活に。高校卒業後はアメリカ・南カリフォルニア大学映画学部に留学し、映画の評論と製作を学ぶ。帰国後はFOXネットワークス株式会社で映像エディターとしてで日本語字幕制作、映像編集に携わる。2017年に同社を退職し、車イスインフルエンサー・タレントとして精力的に活動中。
ツイッター https://twitter.com/NakashimaMinion
中嶋涼子 公式サイト http://talent.co-co.ne.jp/ryoko-nakajima/

telling,の妹媒体?「かがみよかがみ」編集長。telling,に立ち上げからかかわる初期メン。2009年朝日新聞入社。「全ての人を満足させようと思ったら、一人も熱狂させられない」という感じで生きていこうと思っています。
写真家。1982年東京生まれ。東京造形大学卒業後、新聞社などでのアシスタントを経て2009年よりフリーランス。 コマーシャルフォトグラファーとしての仕事のかたわら、都市を主題とした写真作品の制作を続けている。