“バズる”ウェブコラム連発の作家・岸田奈美さんが「紙の本の可能性を感じた」理由(前編)

発売翌日に重版となり、一時期入手困難になった話題のエッセイ本『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』(小学館)。著者の作家・岸田奈美さんは、メディアプラットフォームnoteで多くの“バズる”コラムを発信しています。会社員だった岸田さんが、作家に転身して1年。なぜ、岸田さんが書いたコラムは多くの人から支持されるのか。ご本人にお話をうかがい、その理由を探りました。

見出し付けの腕を磨いたのは7歳でダイブしたネットの世界

――岸田さんのnoteで書かれる記事は、内容はもちろん、タイトルを見ただけでおもしろいと感じます。その秘訣を教えていただけないでしょうか?

岸田奈美さん(以下、岸田): 7歳のとき、父親からiMacを買ってもらいました。1998年、まさにiMacが発売した年。パソコンの普及率7%の時代に、さらに日本ではマイナーだったMacを、です。使い方が全くわからない状態で、自分でローマ字入力を覚えました。当時、「電車男」がはやっていて、ネット上の人と早くもチャットをしていました。

当時は、2チャンネルなどの掲示板が全盛期で、ひとつの書き込みに何千というスレッドがたっていました。その中で、「どういうタイトルをつけたらおもしろいか」を自分になりに考えていました。

思わず目を引いてしまうタイトルって、話の内容は想像できるけど、ひとつだけ「えっ!」という言葉が含まれていることが多いことに気づきました。例えば、「回る地球儀終了のお知らせ」ってあったら、「どういうこと!?」ってなりませんか?(笑)そのような原体験が、私の見出し付けに影響を及ぼしているのかもしれません。

今の時代、SNSや動画サービスなどおもしろいコンテンツがたくさんありますよね。その中で、私の個人的な話に時間をさいてくれることは、とてもありがたいことだと思っています。せめて、最初にワクワクしてもらって、そのワクワクを回収できる物語的な楽しみ方をしてもらいたいと考えています。

――時代によって見るものが変化するなかで、エッセイを選んだのも意味があるのですね。

岸田: 私は今29歳ですが、3歳年下の人たちは「ミクシィ」をあまり使っていない世代です。今の学生は、テレビよりもスマホで「ABEMA」や「Netflix」を見ています。動画は情報量が多く、わかりやすいですよね。話し手が言葉足らずでも、その表情や、背景に映っているものにメッセージ性が込められています。

そう考えると、「テキストを読む」って時代に逆行しているのですが、「どうしたら読まれるか」を考え続けてきました。それはエッセイを書き始めたからではなく、大学1年から9年間、ベンチャー企業の広報を務めた経験が大きく影響をしています。

人に時間を取ってもらって、情報を読ませるというのが、どれだけ尊く、そして難しいことか、身をもって経験してきました。場所や時間、対象者によって、文章を読ませる方法を変えたり、ニュアンスを変えて読まれる工夫をしたり、あの手この手で実践してきました。

――内容はもちろん、これまでの工夫と努力があるのですね。もともと、noteで書こうと思ったきっかけは何だったのですか?

岸田: 会社員として働いていたのですが、体調を崩してしまい、昨年2019年2月から1カ月間休職をしていました。その間、心がつらくて、自分が何をすればいいかわからなくなってしまって……。そんな時、寄り添ってくれたのが、5歳年下のダウン症の弟や母の大きな愛でした。

大好きな2人への感謝の気持ちを人に話すことで、他の人にも母や弟のことを好いてほしいという気持ちがありました。最初はFacebookに記事を投稿していたのですが、ここでは読んでくれる人に限りがあると思って。

そこで、もっと多くの人に自分の書いた文章を届けたいと思った時、当時、急成長中だったnoteを見つけて、書いてみることにしました。最初に書いた記事のPVは2千ほどだったのですが、顔も名前も知らない遠くの人から「私にも障害のある家族がいて共感した」など読んだ感想を言ってもらえて、励みになりました。

自分の好きなこと、愛していることを、知らない誰かに伝えて、その知らない誰かが、私のことや私の好きなものを好きになってくれる。そのことによろこびを感じました。その後に書いた記事が120万PV、80万PVと立て続けにドーンドーンと読まれ、SNSでも拡散されました。

岸田さんのnote。トップの写真は写真家の幡野広志さんが撮影した

紙の本の可能性を感じた

――最初に書籍化の話を聞いたとき、どう思いましたか?

岸田: 元々、書籍化は考えていませんでした。noteの文章は無料で読めるものがほとんどです。電子マンガや電子書籍も無料で読める時代に、わざわざお金を出して、かさばる紙の本を買ってもらえるとは思えなくて。

でも、ありがたいことに数社の出版社の方からお声がけをいただきました。企画のほとんどが、障害のある家族をもつ美談の書き下ろしの提案だったのですが、二つ懸念事項がありました。

ひとつは、「お涙ちょうだい」のようなテイストだと、読者の方をしんどくさせてしまうのではということ。もうひとつは、一から本を書くとなると、時間とエネルギーが必要になるので、その間noteの更新が止まってしまう可能性があることでした。

ネットは流行り廃りがとても早いんです。書籍を作る準備に半年間集中した場合、「岸田奈美が忘れられちゃうんじゃないか」と思いました。noteで書く時の熱量が失われた文章を書いて、ネットの読者を置いてぼりにするんだったら、本は出なくてもネットで書き続けて、読者と距離が近い作家でいたいと思いました。

その中で、小学館の編集担当の酒井さんだけは、「noteで書いているものをひとつの形でまとめて、まだ岸田さんの記事を読んでいない読者にも届けましょう」と言ってくれたんです。

「文章を書くときに、好きな作家さんの文章を真似したら、好きな文章が書けるのではと思い、さくらももこさんの文章を真似していました」(岸田さん)

――今回の表紙のイラストと題字は岸田さんが担当されたのですか?

岸田さん: イラストは私が描きました。絵は落書きしか描いたことがなかったのですが、装丁を担当した祖父江慎さんに「絵を描いてみましょうか」と言われて。ペンの選び方やキャラクターの作り方など一から、祖父江さんに絵の描き方を教えてもらいました。

でも、題字は私ではないんです。でも絶妙に下手なところなど、筆跡が似ているんですよ!デザイナーの方が書かれたと思うのですが、私っぽくてすごいなと。

――ノンブル(ページ番号)は手書きのように見えます。

岸田さん: そうなんです!この字は、弟が書きました。この発案も祖父江さんでした。弟は、字を書くのが得意ではないと思っていたのですが、0から9までの数字を、時間をかけてゆっくり丁寧に書いてくれました。その字を組み合わせて、ページ番号を作ってもらいました。

「本のサイズ」にもこだわっています。今は若い人を中心に、荷物が少なくなり、カバンがミニマム化していますよね。この本は、普段文章をあまり読まない若者にも手にとってもらいたいという思いを込めて、普通の本よりも小さめになっています。祖父江さんや事務所のみなさんが「愛される紙の本とは」を突き詰めて考えてくださった結果です。

正直、発売されても売れる自信はなかったのですが、発売当日に重版が決まって、ネット上でも売り切れて、発売直後は手に入らない状態となりました。

Twitterでは「noteでも読んだけど紙の本で読みたいから買いました」とか「普段は本を読まないけど、記念に持っておきたくて買いました」などうれしい投稿で溢れているのを見て、私も改めて紙の本の可能性を感じました。

『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』のノンブル用に数字を書く岸田さんの弟・良太さん(岸田さんnoteより)

――この本を出版する前後で、心情の変化はありましたか?

岸田: 私はこの本を通して何かを伝えたい、誰かを変えたいという思いは持たず、ただ、自分が思ったことを書いていました。

そんな中、ある出版の記念イベントで、Twitterで情報を発信している「たられば」さんと対談をした時、「この本の中には、“絶望の中のもがき方”がたくさん入っている」と言われたんです。

家族だから苦しむことって多いと思います。簡単に縁は切れないし、毎日一緒にいるからこそ思いを言葉にするのは難しい。家族のことは、近すぎるから絶望することもあると思っています。

でも、せっかくの人生なので、楽しい方がいいし、幸せな方がいいですよね。「自分を幸せにするには」を考えた時、私の場合は、家族の愛しいところか、家族といっしょにいてうれしかったことを、自分で記憶の中から見つけ出して、物語にして、きちんと自分の記憶として外に出していくことだと思いました。この本を通して、それが実現できたと感じています。

●岸田奈美さんのプロフィール
きしだ・なみ。作家。1991年、兵庫県神戸市生まれ。中学2年時に父が突然死し、高校1年時に母が心臓病の後遺症で車いす生活になった。5歳下の弟はダウン症。ウェブサイト「キナリ」主宰。初の著書『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』(小学館)を9月に出版。11月22〜23日に読書感想文の祭典「キナリ読書フェス」開催予定。

同志社大学文学部英文学科卒業。自動車メーカで生産管理、アパレルメーカーで店舗マネジメントを経験後、2015年にライターに転身。現在、週刊誌やウェブメディアなどで取材・執筆中。
熊本県出身。カメラマン土井武のアシスタントを経て2008年フリーランスに。 カタログ、雑誌、webなど様々な媒体で活動中。二児の母でお酒が大好き。