●本という贅沢#170『ぼくらは嘘でつながっている。』

さとゆみ#170 許してくれてありがとう。『ぼくらは嘘でつながっている。』

コラム「本という贅沢」。今回は書籍ライターの佐藤友美(さとゆみ)さんが、「噓」について書かれた1冊を取り上げます。深く考えず、条件反射的に噓=悪と決めつけて、生きるのが苦しくなっていませんか?
さとゆみ#169 恋だけじゃなくて、性もお金もじょんじょんしたい皆さまに。『潤う女はうまくいく。』

本という贅沢#170『ぼくらは嘘でつながっている。』(浅生鴨/ダイヤモンド社)

嘘をつくことについて、私は人よりだいぶ多めに考えてきたと思う。

前にも書いたことがあるのだけれど、嘘つき歴が長くて、そのリハビリのために、テレビ制作会社に入社した。ドキュメンタリー番組に携われば、私の嘘つき根性を叩き直してもらえると思ったからだ。

でも、テレビ番組に関わってわかったのは、事実と事実を丁寧に繋いでも、ちゃんと「嘘」になるということだった。
ある点(映像)とある点(映像)を結ぶ。その選択がすでに、「私が繋ぎたかった」点と点なのだ。そうやって点をつないで線にする行為で描かれるのは、「私にとっての」真実でしかなくなる。
そんなの、嘘、だろ。

そのことに、入社数ヶ月で気づいて、大絶望した。

たとえそれがドキュメンタリーだとしても、そこに万人にとっての真実はない。
あるのは、「その人をどのように描きたかったか」という「私都合の物語」だ。
カメラは取材対象者を撮影しているけれども、そこで描かれているのは、半分以上「私の物語」なのだ。

と、そこまで考えを進めてはたと、閃いた。
そうか! 私が今まで「嘘」だと思ってきたコレは、「物語」のことだったんだ、と。

これは多分、私が人生で発見したことの中でも、ものすごく重要な発見だった。
真摯にドキュメンタリーを作ろうとしても、嘘になってしまうんだもん。
人間関係に嘘が混じるなんて、もう、全然不可避じゃん。
頑なに嘘ついたらダメって思わなくていいんじゃね?

そう思ったら、すっごく楽になった。
嘘をついてもいいんだ、というか、そもそもお互いに嘘(自分が見たかった真実)を交換しながら生きていくんだと思ったら、嘘、恐るるに足らず。

ただ、同時に思ったんだ。
でも、仕事に関しては。
これから自分がドキュメンタリーに関わるにあたって、作ってもいい物語(嘘)と、作ったらダメな物語(嘘)があるんじゃないかなって。

そこで私はいくつかルール出しをした。
それは、今で言えば、アプリで写真加工するのはどこまでアリ? みたいな雑なルールだったと思う。
でも、自分なりに、ついていい嘘とダメな嘘の線引きをしてきた。

そのルールは、今、インタビュー原稿を書いたり、エッセイを書いたりするときにも適応されている。
さらには、人間関係においても。人間関係はもっと雑に運用しているけれど、だいたい方向性の同じルールを適応している。

と。
そんなふうに、嘘について人一倍考えてきた私の、100倍くらい嘘について考えている変態的な人がいた!!! 
浅生鴨さんだ。

まずは、アレです。
嘘の分類表!!!
もっと早く欲しかった。見たかった。
これがあれば、ルール出し、もっと楽だったよ!!!

そして、こっちの方が声を大にして言いたいけれど、もっと早くに、「そもそも、ぼくらは嘘でつながっている」ことを、知りたかった。
私は、なるべく嘘を排除しようとして、苦しい時期が結構長かったから。

ぼくらは嘘でつながっている。

こんな優しい指摘、してくれる大人と早く出会いたかった。
許してくれてありがとう。

鴨さんによると、
・嘘は人間が生き延びるために必要な能力であり
・嘘をつく方、つかれる方、双方に必要なのは優しさであり
・相手の嘘を知ろうとすることは、相手にとっての真実を理解しようとする行為であり
・それは世界の解像度があがる行為だという

そしてこれは、もっとも重要な指摘だと思ったのだけれど
・意思のある嘘をつくことだけが、無意識の嘘から身を守る方法であり、真実を語る方法であるという。

ここを読んでちょっと涙が出そうになった。

つい最近、人前で泣いた時のことを思い出したからだ。
書いても書いても、本当に書きたいことに手が届かない。
書いた瞬間に嘘になってしまう気がする。
書くのが苦しい。何を書けばいいのかわからない。
そんなことを話していたら、なんでだろう、涙が込み上げてきちゃったのだ。
年甲斐もなく恥ずかしい。

その話を聞いてくれた人は、私にこう言った。
「それは、物語のサイズが小さいからじゃないかな。大きな物語を書こうと思ったら、エッセイやコラムじゃ無理だ。やっぱり小説を書くしかないんだよ」
と。

その時、私は何を言われているかわからなかったのだけど、今回、この本の最終章を読んで、ああそういうことかと腑に落ちた。

大きな真実を語ろうとしたら、意思のある嘘が必要なのだ。

あの時、アドバイスをしてくれた彼も(シャープさんという人だったのだけれど)、鴨さんも、多分、同じことを言っているのだなと、気づいた。

この本は、24歳までの私が深刻に悩んでいたことに、シンプルな解(=嘘はついていい、いやむしろつくべきである)を与えてくれる本であり(当時の私には間に合わなかったけど)、
46歳の物書きの私が深刻に悩んでいることに、ひとつの方向性(=制限をかけない嘘は真実を描きやすい)を示してくれる本でもあった(こっちは間に合った)。

みなさんにおかれましては、どうだろう。
間に合うかな。それとも、間に合ってるのかな。

 

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さとゆみ#169 恋だけじゃなくて、性もお金もじょんじょんしたい皆さまに。『潤う女はうまくいく。』
ライター・コラムニストとして活動。ファッション、ビューティからビジネスまで幅広いジャンルを担当する。自著に『女の運命は髪で変わる』『髪のこと、これで、ぜんぶ。』『書く仕事がしたい』など。