女子アナの立ち位置。

【古谷有美】泣きそうで泣けなかった一人暮らしの始まり

TBSの朝の顔、古谷有美アナ。またの名を「みんみん画伯」。インスタグラムに投稿される、繊細でスタイリッシュなイラストが人気です。テレビとはひと味違う、本音トークが聞けるかも。

●女子アナの立ち位置。

調理道具、お皿の入った百円ショップの大きな買い物袋。
こういうものをいくつも手に持って電車に乗っている学生さんらしき姿を見ると、「あー、新生活が始まる春なんだなぁ」とほっこりしてしまうのって、私だけでしょうか……?
駅の切符売り場で、目線をぐっと上にして、じーっと路線図を見つめている若者につい目がいくのも、この時期ならではですよね。

「新しい生活をスタートしたばかりです!」と顔に書いてあるようなフレッシュなスーツ姿の人や学生を見ると、社会人生活8年目、一人暮らし歴に至っては10年超えのベテラン?になりつつある先輩として、そっと心の中で「頑張れー」とエールを送っています。

川べりが支えてくれた一人暮らし

私が一人暮らしを始めたのは、大学進学で北海道から上京した19歳の時のことです。父と一緒に家を探して、引っ越しの時は母親がついてきてくれました。

物件探しをしたときのことは、今でも覚えています。

土地勘は全くなかったけれど、大学の近くにはあまり住まないようにしようということだけはなんとなく決めていて。

「キャンパスが近いと友だち同士のたまり場になるらしいよ」なんていう話を鵜呑みにしていた部分もありますが、何より、北海道ののどかな場所で暮らしていたので、いきなり都会的なところに住むのが怖くて、通学に時間かかってもいいからのんびりしたところに住みたいなと思ったんです。

最終的に選んだのは、大学から電車で40分離れた少し郊外の町。最寄りの駅のそばに川べりがあって、雰囲気が実家の近所の風景に似ていて見守られている感じがすごく落ち着きました。一人暮らしを始めてから、全くと言っていいほどホームシックにかからなかったのは、この川べりが近くにあったからかもしれません。

ワンルームでロフト付の3階建てのアパートでした。各フロアに4部屋ずつ並んでいて、部屋に入るとすぐキッチンがあって。そうそう、料理はちゃんとやろうと思っていたので、なぜか、ガスコンロの口数にはこだわったんですよね。
結局、学生時代は一度も引っ越しすることなく、ずっと4年間お世話になりました。

歯磨き粉も自分の好み

一人暮らしで何より嬉しかったのは、自分の好きなインテリアや雑貨に囲まれて生活できることでした。入学式に合わせて、北海道から東京にきてくれた母親と二人、近くの100円ショップに幾度となく足を運んで、何千円分もの調理道具や生活雑貨を両手に抱えきれないくらい買い込んではせっせとコーディネート。

高級な家具やインテリアグッズには手が届かないけれど、ベージュやグレーなどシンプルな色で統一して、お気に入りのポストカードを壁のあちこちに貼ってという作業にワクワクしていました。

実家では、常に誰かが買ったもの、たとえば父親が使っている歯磨き粉とかも置いてあり、そのごちゃごちゃ感が「あー実家だな」と落ち着く側面もあります。

でも、キッチンツールひとつとっても、自分の好みで調えるのはまた格別でしたね。化粧水だって自分が選んで置いているものだけ。私だけの家を作っているという感覚がすごく刺激的でした。

模様替えもよくやりました。どういうわけか、テスト前に夜中まで勉強していて、煮詰まった時とかに突然、スイッチが入ってしまう経験...懐かしい思い出です。

意外な場所に隠されていた母のメッセージ

「きょうから一人暮らしなんだなぁ」
そんな実感がわいたのは、母親を最寄りの駅まで送って、アパートに一人で帰ってドアを開けた瞬間でした。

部屋が急に広く感じて、少し不安になりそうだったとき、別れ際に母から言われた手紙のことを思い出しました。
「お部屋に置いてきたから見つけてね」
いやいや、そんな隠すものでもないでしょって半ば呆れながらも、テーブルの下や引き出しとか、カーテンの裏までめくってみて……。でも、狭い家の中をどんなにウロウロしても探せずじまいで。結局、その日はとうとう見つからなかったんです。
いや、本当に「どれだけ巧妙に隠せばいいの、お母さん」といった感じですが(笑)。

次の日、意外な場所で発見されました。なんと、電子レンジの中。何かを温めようとして開けたら、手紙があったんです。

そして、手紙には箇条書きでいくつかの「約束事」が書かれてました。
・つらいとき、悲しいときはちゃんと言うこと。
・ちゃんとご飯を食べること。
うんうんとうなずきながら読んでいたのですが、最後の一言に絶句。

・(学生の間は)赤ちゃんを作らないこと

「ちょっと、さすがにこれはないでしょ」と思わず笑ってしまいましたが、いま振り返ると、母親なりに、手元から遠く離れて一人暮らしを始める娘に、「自分の体を大切に守る術を持ってほしい」と願っての一言だったんだなと思います。

どうやったら伝わるか。深刻に真面目にならずに、かといってちゃんと真意が私に届くようにと、あれこれ考えてひねり出したメッセージだったのかもしれません。

実家から一緒に東京に出てきて、ずっとそばに置いているぬいぐるみの「くまたろう」6歳くらいからだっこして寝ていた相棒です。元の色は黄色だったんですが、もはや白っぽくなっている…

でも、こんな手紙を置いていかれたら、ホームシックなんて、あっという間に吹き飛びます。
すぐに手紙を片手に実家に電話して、ゲラゲラと笑いながらおしゃべりしました。
これから、一人暮らしの年月を重ねる中でも、この約束は守ろうと思いました。

しんみりだったり、泣きそうな時にこそ、笑いを交えて気持ちを伝えてくれる両親の存在が、離れることでよりクリアに、より身近ものとして大きな支えになってくれる。

一人暮らしをして良かったのは、自分だけの空間を築くことよりも、両親や家族から、自分が守られているのに気づいたことだったのかもしれません。

1988年3月23日生まれ。北海道出身。上智大学卒業後、2011年にTBSテレビ入社。報道や情報など多岐にわたる番組に出演中。特技は絵を描くことと、子どもと仲良くなること。両親の遺伝子からかビールとファッションをこよなく愛す。みんみん画伯として、イラストレーターとしての活動も行う。
九州のローカル局で記者・ディレクターとして、 政治家、アーティスト、落語家などの対談番組を約180本制作。その後、週刊誌「AERA」の記者を経て現在は東京・渋谷のスタートアップで働きながらフリーランスでも活動中。
フォトグラファー。北海道中標津出身。自身の作品を制作しながら映画スチール、雑誌、書籍、ブランドルックブック、オウンドメディア、広告など幅広く活動中。