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イベント情報

【2021年度オンラインシンポジウム第2部採録】
特別養子縁組という選択肢
~産みたいのか、育てたいのか~

2022年2月5日に開催された「家族を育む こどもを育てたいと思う人へ 特別養子縁組制度オンラインシンポジウム」第2部では、特別養子縁組制度と実は関係の深い、不妊治療についても一緒に考えるパネルディスカッションが開かれました。養親の当事者である久保田智子さんに加え、特別養子縁組などの相談支援事業を行う一般社団法人アクロスジャパン代表理事・小川多鶴さん、不妊治療の体験者同士の支え合いや情報提供を行うNPO法人Fine(ファイン)理事長・松本亜樹子さん、社会福祉学を専門として社会的養護などこどもの支援のあり方を研究する日本女子大学教授・林浩康さんが登壇し、話し合いました。

<登壇者>
久保田智子さん(養親/TBS報道局記者、元アナウンサー)
松本亜樹子さん(NPO法人Fine 理事長)
小川多鶴さん(一般社団法人アクロスジャパン 代表理事)
林浩康さん(日本女子大学教授)

<ファシリテーター>
見市紀世子(朝日新聞社)

不妊治療の前からほかの選択肢を知ってほしい

実は関係の深い事柄でありながら、ともに議論されることが少なかった「特別養子縁組制度と不妊治療」。4人それぞれの立場から、これからの特別養子縁組制度のあり方について意見を出し合いました。

最近では、特別養子縁組で養親になりたいと相談を寄せるほぼ全てのカップルが何らかの不妊治療経験者になっていると話すのは、一般社団法人アクロスジャパン代表理事の小川多鶴さん。そうしたカップルの治療期間は平均して約4年に及び、「不妊治療がうまくいかなかったら次のステップとして特別養子縁組を考え始める」といった現状に課題を感じているといいます。
「不妊治療を始める前に、それ以外の選択肢として特別養子縁組制度もあるという情報提供が、当事者の知る権利としてなされるべき」と話します。

不妊治療体験者をサポートするNPO法人Fine理事長の松本亜樹子さんも、「不妊治療の当事者で特別養子縁組に関心を寄せる人は、長く治療を続けている方などごく一部に限られる」のが現状だとして、制度を最初から知っておくことが大事だといいます。「不妊治療が始まると一生懸命になってしまって他のことが目に入りにくく、やめるのが難しくなる」と指摘します。

左から見市紀世子、久保田智子さん、小川多鶴さん、松本亜樹子さん、林浩康教授

不妊治療をめぐっては、当事者の経済的負担が大きくなりがちなため、2021年1月からその医療費の一部について助成が拡大されたほか、22年4月からは体外受精や顕微授精などにも保険適用(対象者の年齢や回数には制限があります)が始まるなど、負担を軽減しようとする動きが進んでいます。

日本女子大学の林浩康教授は、こうした経済的支援により不妊治療を受ける人が増えるメリットがある一方で、懸念点もあると指摘します。「いったん不妊治療を始めると、より高度な治療の情報以外の、特別養子縁組などほかの選択肢のことは耳に入ってこなくなりがちで、治療期間が長期化することもある」といいます。年齢面、体力面、経済面から治療困難となってはじめてほかの選択肢が目に入るようになる、という状況を避けるためには、やはり治療開始前の情報提供がカギになると話します。

養親で、いまテレビ局記者として情報を伝える側にいる久保田さんは、不妊治療を始める人や続ける人が増える一方で、「特別養子縁組を選択しようと思ったときには年齢が過ぎていたという事態」が起こりうるのではと話します。特別養子縁組で新生児委託を希望するとなると、登録受付時に年齢制限を設けている民間あっせん事業者も多いため、「治療を頑張ったことで、家族を作る機会が減ってしまうということもありうるのでは」。不妊治療の可能性を広げられる一方で、見方によっては、ほかの選択肢の幅を狭めることにもつながるかもしれない。そんな懸念も考慮しておく必要性について、伝えてくれました。

久保田智子さん

では、不妊治療の当事者たちが、特別養子縁組という選択肢を知るために、何ができるのか。林教授は「医療機関側が、治療の早いうちから特別養子縁組の情報提供をするというのも、一つの方法では」と提案します。
実際に長野県のある不妊治療クリニックでは、院内に特別養子縁組を周知するリーフレットなどの読み物を置き、関心を持った方には社会的養護に理解のある心理カウンセラーを紹介するなど、“さりげない情報提供”を行っているそう。養親と養親希望者の集まりを開催するほか、民間あっせん事業者や児童相談所と連携し、不妊治療をしている方とお子さんの橋渡しも行っているといいます。

不妊治療のさなかのカップルに治療機関が率先して特別養子縁組について情報提供するのは難しい現状もあります。その中でも、特別養子縁組について視野に入るように工夫しつつ、もし不妊治療の当事者が関心を寄せるなら、治療現場あるいは治療現場とはまた異なる場所で理解を深めてもらう。説明会の実施などについては、児童相談所や民間あっせん事業者の連携による試みもいま、進んでいます。

“育てたい”という思いから特別養子縁組が始まる

特別養子縁組を考える上で欠かせないのは、「こどもの福祉」の視点です。制度が生まれたときから、あくまでもこどもの利益を尊重し、守るものとして定められています。ただ、特別養子縁組の相談を受ける現場では、「こどもを迎え入れてからお返しできる期間はあるか」「病気が分かったらお返しできるか」といった質問も寄せられると小川さんは話します。
「養親でも実親でも、こどものために生活していくのは同じこと。実親と同じとして考えてください」。自身も特別養子縁組を通じ、いま高校生となる男の子を迎えて育てている立場であり、こう相談者には伝えるといいます。

久保田さんは、民間あっせん事業者に登録する前の研修で「これはこどものための制度」と何度も教わり、改めてよく考える機会になったといいます。一方で、親が自分の利益や幸せを追求してはいけない、ということではない。そう話します。
「親が幸せでなければこどもは幸せではないのだから、すべてを犠牲にしなくてもいいんですよ」。そんな相談員の言葉に納得したといいます。

特別養子縁組は、“こどもが欲しい”という親のエゴなのではないか――。小川さんは、制度を考えると行き着くこともある葛藤について「『育てたい』という思いがなければこどもを迎え入れられないので、その思いがあるのは当然のこと」と理解を示します。
“完璧な親”を求めるものではないけれど、忘れてはならないのは、不妊治療がうまくいかなかったときの悲しみの埋め合わせの制度ではない、ということ。「弱者であるこどもの視点になって考えてほしい」と話します。

小川多鶴さん

林教授は、不妊治療に至る過程やその後に経験した挫折感や喪失感に伴い、自己否定感が強まってしまいかねないことから、まずは養親希望者の心のケアの必要性を感じていると言います。
辛い気持ちを身近な人や、専門家に聞いてもらう支えがあってはじめて、治療以外の選択肢を考える余裕や前向きな思考が芽生えるのではないか。ひいてはそこから、「こどものための選択、という視点を心から理解できるようになるのでは」と指摘します。
以前にフランスのある養子縁組機関を訪問したとき、養親は精神分析を必ず受けるという条件があったそう。自分に向き合ってきちんとケアしてもらうことで、こどもに過度な期待を抱くことなく、いい距離感で子育てができるようになる。自分自身の思いを一歩引いた形で見てから、養親として携わっていく。そんな関わり方があることを紹介してくれました。

治療しながら養親希望者に 二者択一ではない社会へ

久保田さんのように、特別養子縁組でこどもを迎え入れ、結ばれた家族のかたちについて語る人も増え、制度について知る機会も増えています。これから制度が目指すべき未来は、どのようなものでしょう。

不妊治療の当事者に向き合ってきた松本さんは、「不妊治療か、特別養子縁組か。どちらかでないといけない、というわけではない」といいます。二者択一ではなく、治療を進めながら特別養子縁組も考え登録をして、委託依頼が来たら迎える。あえてきっちりと線引きをしない、緩やかな考え方を提案します。

松本亜樹子さん

米国で暮らした経験のある久保田さんと小川さんは、多様性についてオープンに語れる環境の大切さや、特別養子縁組について伝える教育の重要性を感じたといいます。久保田さんは「情報提供なら、教育機関やメディアなどで出来ることは多いはず。何かしらの記憶に残ってくれれば」と期待を込めました。小川さんは、「家族には様々な形があるということを、教育現場などいろいろなところで当たり前のように受け止める社会へ変わることが一番大事」と話します。

いまは不妊治療の大きな受け皿と捉えられがちな特別養子縁組制度ですが、これからは不妊治療経験者だけでなく様々な人が養親になれる社会となっていくのが望ましい、と林教授はいいます。
「実子がいながら養親になる人がいてもいい。幼児や学童期のこどもでも法律的に安定した家庭が必要なこともある」。また、制度が広がっていくためには、迎えたこどもに障害があるなど特別な場合の経済的支援や、民間あっせん事業者の職員が専門家として長期に勤められる体制作りのための支援の必要性も提言しました。

林浩康教授

“出口のないトンネル”ともいわれる不妊治療。「一度立ち止まって、ほかに選択肢はないのか。自分たちにとっての“こどもがほしい”という意味を考えるのも大事」という松本さん。
「こどもを迎えて家族を作る道もある、と知ったなら、また別の道が開けるのではないでしょうか」。いま不妊治療をしている方々に向け、こうメッセージをおくりました。

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