「麒麟がくる」全話レビュー01

【麒麟がくる】第1話「追い詰められ俳優」長谷川博己の魅力全開、暴君信長にどうされちゃうんだろう! 楽しみでたまらない

いよいよNHK大河ドラマ「麒麟がくる」が始まりました。今回は 本能寺の変を起こした明智光秀を通して戦国絵巻が描かれます。全44回の壮大なドラマを人気ライター木俣冬さんが徹底解説。ドラマの裏側を考察し、紹介してくれます。今回は大きな話題を呼んだ第1話。見た人も見逃した人も、これさえ読めば“麒麟がくる通”間違いなし!
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歴史ミステリーの味がする

大河ドラマ「麒麟がくる」(NHK総合 日曜よる8時〜)のおかげで正しく「麒麟」と書ける日本国民が増加するであろうことは喜ばしい。1月19日(日)に放送された第1回「光秀、西へ」(拡大で75分)は視聴率19.1%(ビデオリサーチ調べ 関東地区)で注目のほどを感じさせた。

「麒麟」とは“王が仁のある政治を行う時に必ず現れると言われる聖なる獣”。室町時代末期、相次ぐ戦によって庶民は苦しんでいた。美濃に暮らす若き明智十兵衛光秀(長谷川博己)は京都で医師・望月東庵(堺正章)の助手であり戦災孤児の少女・駒(門脇麦)から、戦のない国になったとき麒麟が来るのだと聞かされ、いまのままでは麒麟は来ない。戦を止めなくては……と考える。光秀、二十歳のときである。このとき、そう思い、空を見上げた光秀が、後の本能寺の変で織田信長をなぜ襲ったのか……。ちょっと歴史ミステリーの風情も感じさせるところがこのドラマの魅力のひとつになっている。多くの人が知っている、すでにネタバレになっている歴史的大事件を逆手にとった、また、万が一、歴史を知らなかった場合、若き青年のこれからが気になるようにできている、良くできた企画である。

 

明智光秀の運命を知っている場合の楽しみ方

大河ドラマで明智光秀が主役(過去59作ではじめて)と聞いたとき、え、明智? ちょっと地味じゃない? と感じた人は多いのではないだろうか。私もそのひとり。人気戦国武将といえば織田信長、豊臣秀吉、徳川家康がスリートップ。明智には「敵は本能寺にあり」という名セリフがあるが逆にいえばそれしか印象がなく……名セリフはあるだけ凄いといえば凄いが、主君・信長を本能寺の変で襲った光秀は“裏切り者”という印象が強烈だ。が、そんな彼にもドラマがある。

近年の大河ドラマだと「おんな城主直虎」(17年)で光石研が白髪で苦労人ながら何かを隠し持っていそうな不思議な雰囲気で演じていたのと、「真田丸」(16年)では評論家・岩下尚史が信長にめった打ちされたときのやや恍惚とも感じられる表情が視聴者をざわつかせた。どちらも個性的な明智光秀だった。もっと遡ると、萩原健一、村上弘明、近藤正臣など二枚目がきりりと演じていた。「秀吉」(96年)では母を戦の人質に出した激しい葛藤も描かれて、暴君信長に苦悩する部下の悲哀という側面で見ると、がぜん明智光秀が魅力的になっていく。

大河ドラマ以外にも明智を描いた作品はたくさんある。近年の時代劇ではかなりのヒット作となった興収46億円を超えた「信長協奏曲」(22年の大河に主演が決まった小栗旬主演)の明智像が面白い。タイムスリップものだからこそ、明智がずいぶん奇想天外に描かれていた。未見の方がいたらぜひ見てみてほしい。「麒麟」に足利義輝役で出る向井理がここでは池田恒興役で出ている。

 

知らなくても楽しめる

「麒麟がくる」第1回「光秀、西へ」は、青年・光秀のわくわくひとり旅という感じだった。
明智光秀はその20歳から40歳くらいまでの行動がほとんど記録として残っていないため、物語としてはいろんな書き様がある。「麒麟がくる」の明智光秀は、ごくふくつうの正義感に満ち溢れた二十歳の好青年として登場。いや、「ふつうの」と書いてしまったが、美濃の斎藤道三(本木雅弘)に仕える武士で、武力も知能も高い。住んでいる土地が美濃の国境に近いため野盗に狙われやすく、しょっちゅう襲われてしまうのを率先して戦って守るし、道三に直訴に言ってはきはき意見を言う積極性も見せる。野盗がもっていた銃に興味をもって堺まで出かけて手に入れたり、京都で腕のいい医者を見つけたり、とにかく青年・光秀が大活躍する。
市場が賑わっている堺で松永久秀(吉田鋼太郎)から銃を譲り受け、戦で困窮している京都では医師・望月東庵と助手の駒に会う。京都で光秀は「バックドラフト」なみの救出劇を披露する。前半、ちゃんばらアクション、後半、火事場の馬鹿力と青年・光秀の見せ場がたっぷり。老獪な武将とのちに言われる者も若い頃は理想に燃えた善良な若者だったのだなとすっかり好感をもった。

 

長谷川博己が明智光秀役に合っている理由

「麒麟がくる」の光秀は鮮やかな着物をまとった立ち姿が涼やか。母親・牧(石川さゆり)に叩いてくださいとばかりにお尻をつき出す仕草、箸の使い方のきれいさ(魚の食べ方も)、琵琶湖を渡る船の上でのひとりタイタニック、松永久秀と飲んだときの無理にがんばって飲んでいる感じ、朝起きて銃をみつけて跳ねる動き、かつて駒を助けてくれた人の手は大きかったと聞き、「僕の手はあまり大きくない」とちょっと残念そうな表情。初回放送の売りになっていたアクション以上に細かい見どころが満載だった(アクションは本木雅弘や伊藤英明のほうが得意そう)。
光秀を演じる長谷川博己は頭も育ちも良さそうな素敵な俳優だが、ときどきちょっとずれているところが良くて、そのとりつくしまのあるお坊ちゃんふうキャラが人気だ。朝ドラ「まんぷく」(18年)の天才的な発明家・萬平さんも話題になったし、映画「シン・ゴジラ」ではゴジラから日本を守ろうと奮闘する青年政治家を清潔感あふれて演じた(シャツが臭うと言われる場面もあったが)。また、「鈴木先生」(11年)や「MOZU」(14年)などではエキセントリックな人物を演じ、そっちのほうが好きというファンも多い。NHKだと戦争のトラウマに苦しめられている金田一耕助という解釈で演じた「獄門島」(16年)が面白かったし、今回の抜擢は、脚本家・池端俊策の「夏目漱石の妻」(16年)の漱石役を池端が気に入ったからとも言われていて、そこでは神経質な作家の狂気がよく出ていた。
長谷川博己は品のある好青年っぽく見えて実はクレージーというギャップが魅力のひとつ。それを私は「追い詰められ俳優」と呼んでいる。追い詰められると爆発的な力を発揮するという意味で。光秀もきっと暴君信長にどんなふうに追い詰められていくか今から楽しみでたまらない。

「追い詰められ」は役柄だけでなく俳優本人もそういうところがある。「麒麟がくる」は、昨年、出演が予定されていた沢尻エリカにトラブルがあって降板し、一部撮り直しになった。おかげで放送も2週間遅れた。そんな逆境のなかで視聴率は高く、逆境を乗り越えて幸先の良い旅立ちとなった。かつて長谷川ははじめてドラマの主役になった「鈴木先生」でも逆境を体験している。撮影中に東日本大震災が起こり、放送が危ぶまれたのだ。なんとか放送されたが視聴率は低迷した。ところがこの哲学的な問題作にコアなファンがつき、映画化もされた。「セカンドバージン」(10年)でヒロインの恋人役を演じて注目された長谷川の可能性が大きく拓いていった。逆境なんてないほうがいいとはいえ、長谷川博己がそれを乗り越える力を持っているように思う。

 昨年、「紅白歌合戦2019」で審査員として参加した長谷川は、終盤、司会の綾瀬はるかと会話を交わした。そのときのふたりに大河ドラマ「八重の桜」(13年)で悲しい別れを経験した夫婦役だったことを思い出した大河ファンは多く、ツイッターは祭りになった。「八重の桜」で長谷川が演じた役は志高く戦うも投獄され、体を壊し、妻・八重のために身を引く。あの別れは本当に切なかった。あのとき長谷川は初大河出演。あれから7年、主役として大河に帰って来た長谷川博己。一年、この大役をやりきってほしい。

 

光秀を追い込んでいく登場人物の魅力

第1 回では青年・光秀の魅力がこれでもかと描かれたが、彼を取り巻く人々の顔見せも鮮やかだった。光秀の死んだ父代わりに明智家を守ってきた叔父・光安役の西村まさ彦は、「真田丸」で「黙れ小童」が人気ワードになったほどの人気俳優。主君・道三役の本木雅弘は「徳川慶喜」(98年)以来の大河出演。出た瞬間、強そうな圧が出まくっていた。道三の息子・高政役の伊藤英明は現在「病室で念仏を唱えないでください」(TBS)に主演中で、鍛えられた肉体をどっちでも見せてくれそうだ。松永役の吉田鋼太郎は「真田丸」では織田信長を演じていたが、今回はクセの強い武将として光秀を振り回す。ピンクの巻物が洒脱な東庵役の堺正章はベテランの軽み(それでいて重みも)を見せる。足利家幕臣・三淵藤英役の谷原章介はやっぱり声がいい。まだ顔見せ程度だったが、菊丸という謎の農民を演じるのは岡村隆史。いつもの発声と違っていて、映画「決算!忠臣蔵」(19年)で日本アカデミー賞の助演男優賞にもノミネートされている岡村の俳優としての側面を見せてもらえそうな気がする。……等々、第1回だけでもお腹いっぱいだったが(声優の大塚明夫の登場も話題になった)、さらに第2回ではのちの主君・織田信長(染谷将太)をはじめ英傑たちが続々登場する。このように強烈なキャラクターで押していくドラマは見やすい。キャッチフレーズつきのキャラクターひとりひとりの紹介画像をNHKは作っていて、ゲームやアニメみたいな売り方をしているように感じる。お話もシンプルでわかりやすい。かつて駒を助けた「大きな手」の持ち主は光秀の亡き父親なんじゃないかというくすぐりも入って、楽しみが膨らんだ。

 

気になる帰蝶・川口春奈はどうだったか

さて最後に、光秀の姻戚にして、のちに信長の妻となる帰蝶役の川口春奈。アクシデントのあった沢尻エリカの代役で大役に急遽抜擢された。第1 回では彼女がいつ出るか、どんなふうに出るかという興味による引きもすごく大きかったと思う。
帰蝶が出てきたのは終わりも終わり。70分を過ぎてからだった(75分だから最後の5分)。そのとき私はもう沢尻エリカのことは思い出さなかった。沢尻が演じていたらどうだったかとはまったく思わず、当たり前に川口春奈が最初からこの役だったように見た。アクシデントによって沢尻が降板になったとき、すでに撮った分はそのまま放送してもいいのではないかと、スタッフ・キャストを慮っての声も多かったが、私は第1回を見て、制作者が撮り直すことを選択したことは正解だったと思った。途中で変わるより、ちゃんと最初から同じ俳優でやるほうが完成度の高いものになる。せっかくここまでいいものを作りはじめたのだから妥協しなかったところに作り手の矜持を見た。全編出来上がったものだったらそれは問題の人が存在するものが完全版だからそのまま放送や公開したほうがいいけれど、途中で変わるならやれる限りは新しい俳優で刷新したほうがいい。今回の再撮はほんとうに大変だったと思う。その作り手の気迫がドラマをより輝かせたともいえるだろう。

帰蝶は光秀以上に歴史的資料はほとんどなく、常に想像で描かれている人物。本能寺で信長と一緒に戦う場面はあくまでフィクションの賜物らしい。「麒麟がくる」ではどうなるのだろうといまからわくわく。ちなみに「信長協奏曲」の帰蝶は「おんな城主直虎」主演前の柴咲コウで、その帰蝶はすこぶる良かった。
「麒麟がくる」が燃える歴史ロマンになってほしいと願う。

大河ドラマ「麒麟がくる」
NHK 総合 日曜よる8時
再放送:総合 土曜午後1時5分

脚本:池端俊策ほか
音楽:ジョン・グラム
語り:市川海老蔵
出演: 長谷川博己ほか
https://www.nhk.or.jp/kirin/

ドラマ、演劇、映画等を得意ジャンルとするライター。著書に『みんなの朝ドラ』『挑戦者たち トップアクターズルポルタージュ』など。
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