イベント情報
小学生が『神様のパッチワーク』から学ぶ、
いろいろな“家族”の形とは?
特別養子縁組をテーマにした児童小説『神様のパッチワーク』を題材に、いろいろな家族のあり方について学ぶ特別授業が2023年2月、東京都練馬区立南町小学校で行われ、同校の5年生が参加しました。授業では、小説の作者である山本悦子さんと、特別養子縁組でこどもを迎えているTBS報道局記者の久保田智子さんの対談動画を見ながら、こどもたちが感想などを語り合いました。
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こどもにも親にも幸せな制度とは
児童書作家・山本悦子さん作で、佐藤真紀子さんが絵を担当した『神様のパッチワーク』(ポプラ社)
あらすじ
主人公の結(むすぶ)は、みかん農家を営むお父ちゃん、お母ちゃん、そしてお姉ちゃんとの4人で暮らす小学4年生。結にはお母さんが2人いる――1人はいまのお母ちゃん、もう1人は産んでくれたお母さん。結と姉の香(かおり)は特別養子縁組でいまの家族の一員になった。
ある日、結は転校生に「結くんは不幸な生い立ちでかわいそうだけどがんばっているね」と言われて、悩み始めてしまう。一方、姉の香はあることがきっかけで、クラスの男子に手を上げる事件を引き起こしてしまうのだった。
授業の冒頭、「この本を読んでみてどうでしたか?」と今回の授業の進行役でフリーアナウンサーの松尾由紀子さんがこどもたちに問いかけをしました。「感動した」「ちょっと難しかった」「家族について考えた」などと感想を言う子もいましたが、「特別養子縁組制度を初めて知った」という声が一番多く上がりました
続いて、作家の山本さんと、テレビ局で報道記者を務める久保田さんが対談する動画が上映されました。その中では「特別養子縁組というのはさまざまな事情によって、生みの親と暮らすことができないこどもが、育ての親に委託をされて、法律上も親子として生活をする制度」との説明がありました。そして、自身も2019年に新生児の女の子を迎え入れて“育ての親”として育てている久保田さんは、自分の体験を語りました。
「自分自身にこどもができないことがわかって、絶望しました。でもこどもが欲しいなと思っていたところ、この制度を知って、いまは家族がいる状況なんですね。なので私の娘も2人のお母さんがいるんです。育ての親としては、こどもを育てることが叶(かな)ってうれしく、毎日とても幸せ。本当にいい人生にしてくれて、家族になってくれてありがとう、という気持ちでいるんです」
ただ、日本ではまだあまり特別養子縁組制度が知られていない現状があります。その背景について、「日本では、血がつながっているのが家族という思い込みが強いせいではないでしょうか」と山本さん。実は、「こどもにとっても、親にとっても幸せな制度なんですよね」と語りました。
こどもたちは、それまで知らなかった特別養子縁組の制度や久保田さんの思いについて、真剣なまなざしで聞いています。
血がつながっていない家族は「かわいそう」なのか?
次に動画の中では『神様のパッチワーク』の一場面が紹介されました。結のクラスで、みんなが小さいころの写真を持ってきて話しているときに、転校生のあかねが「みんなひどい。似てるとか、血がつながっているとか。結くんがかわいそうじゃないの。結くんは不幸な生い立ちなのに。どうしてみんな、気をつかってあげないの?」と言った場面です。
なぜあかねはそのような発言をしたのでしょうか。
山本さんは「もしかしたら彼女は、お母さんやおばあちゃんの影響を受けているかもしれないですね。それぐらいの年代の人たちは血がつながっているのが当たり前で、血がつながっていないとかわいそうという考え方をしている人が多いので、あかねちゃんも『特別養子縁組とは血がつながっていない家族だ』と聞いて『かわいそう』『不幸な生い立ち』と思ってしまったのでは」と話しました。また、あかねは両親が離婚していることもあって「いろんな葛藤があったり、傷ついたりしていると思うんです。だから家族について敏感になっていたのかもしれませんね」。
一方で、あかね以外のクラスメイトたちは、結のことを「かわいそう」とは思っていません。
その理由について、山本さんは「小さいころから聞いていれば、それは当たり前で、特別なことではないと思うはず。みんな普通のこととして受け止めているんだと思います」と話し、久保田さんは「結くんのことを知っているから、他と変わらないという感覚が強いのかもしれませんね」と答えました。
あかねとクラスメイトの考え方が違ったことが「実はチャンスなのかもしれないと思った」と久保田さん。「この制度を説明した上で、結くんとあかねちゃんが自分の考えを交わすきっかけになる。誤解のままで終わるよりも、考えたり、関心を持ったりすることが大切なんだと思います」と語りました。
山本さんは言います。「特別養子縁組は秘密にしなければいけないことでもないし、逆に大げさに騒ぎ立てたりすることでもないんです。ましてや不幸でもなんでもありません。血のつながらない、そういう家族の形もあるんだなと皆さんが自然に受け止めてくれたらいいなと思います」
この動画を見た後、授業を進行していた松尾さんが「この制度の一番大切なところは何ですか?」と質問しました。こどもにとって「幸せ」な環境を作るということ。育ての親や生みの親にとっても「幸せ」につながることがある、といった答えがあがりました。
また、「特別養子縁組について知ってどう思いましたか?」と問いかけをしました。こどもたちがグループに分かれて感想を述べ合うと、「親も子も幸せな制度なんだと思った」「血がつながっていなくても家族なんだな」「いろいろな人が育てていいと思う」と感じたことをお互いに話し合っていました。
幸せの形はいろいろなパターンがあっていい
次の動画では『神様のパッチワーク』の別の場面が紹介され、さらに考えを深めていきました。ちょっとした誤解で、結の姉の香とお母ちゃんが言い争いをします。お母ちゃんの趣味は、小さな布をいくつもつなげて縫い合わせるパッチワークづくりです。香は「パッチワークなんてうちの家族みたい。みんな寄せ集め」と言い捨てるのです。
それを受けて、「おまえの言う通り、うちはこのパッチワークと同じだ。みんなバラバラのところからやってきた」とお父ちゃん。しかし、「うちの布は神様の選りすぐりの布で作った、最高のパッチワークだ」と笑いながら答えたのでした。
この場面を受けて、久保田さんは自分の娘について「そもそもの出会いは特別養子縁組で、そこは私が選ぶということでもなく、たまたまの出会いだったと言えるかもしれないんですが、家族って作り上げていくものなんだなと感じることがあるんです。作品を読んでいても、幸せの形はいろいろなパターンになっていいと表現しているように感じました」と語りました。
山本さんが「特別養子縁組という制度があることを知っておくことが大事ですね」と話すと、久保田さんも「知らないと選べないですからね。家族の形にも、いろんな選択肢があるのだと知ってほしいです」と答えました。
それぞれの家族や幸せの形を認め合おう
特別養子縁組のほかにも、さまざまな家族の形があることが授業でも紹介されました。例えば、父か母かのどちらかがいるシングルファミリーや、父か母のどちらかが再婚をして新しい父母が家族になったステップファミリー、国籍が異なる家族などです。それらも踏まえて、山本さんは動画の終わりにこうまとめました。
「いま日本ではたくさんの家族の形が生まれています。どれが正しいか、どれが一番いいか、自分はちょっと人と違うのではないかと考えてしまうこともあるかもしれませんが、全然そんな必要はありません。家族にとって大切なのは、お互いに思いやれるか、信じ合えるか。そして何より大切なのは、自分たちが家族だという自覚だと思います。家族の形が増えてくると、もちろん幸せの形も増えてきます。それぞれの家族の形や幸せの形を認め合えるようになるといいなと思います」
およそ2時間の授業のなかで、南町小学校のこどもたちは思い思いに感想を語りあい、その後でアンケートに考えをしたためました。「いろいろな家族の形があって、血がつながっていなくても思いやりがあれば家族が作れることがわかった」「最初は産んだ親と離れてしまうのは不安かなと思ったけれど、かわいそうだとか思うより、(大事なことは)その子が幸せかどうか。幸せが一番!」「特別養子縁組は誰もが幸せになれる制度だと思うので、もっと広まってほしい」「家族は絆(きずな)が大切だと感じた。自分の家族について考えてみたい」など、たくさんの感想が伝えられました。
今回の特別授業でこどもたちが知ったのは、血のつながりだけではない家族の形があり、自分と違うものを排除したり価値観を押しつけたりのではなく、受け入れて尊重する大切さ。そして、家族を作り上げるのは互いを思いやる心や、家族がともに幸せを感じながら生きることであるということも。そうした気付きを経て、自分を含めた“家族”を見つめ直すきっかけともなったようでした。
1961年生まれ、愛知県出身。児童文学作家。元小中学校教員。2017年に『神隠しの教室』(童心社)で第55回野間児童文芸賞受賞。主な作品に『先生、しゅくだいわすれました』『がっこうかっぱのイケノオイ』『くつかくしたの、だあれ?』(いずれも童心社)、『夜間中学へようこそ』(岩崎書店)、『今、空に翼広げて』『マスク越しのおはよう』(いずれも講談社)など多数。日本児童文学者協会、および日本国際児童図書評議会会員。
1977年生まれ、広島県出身。TBS報道局記者。東京外国語大学卒業後、2000年にTBS入社。アナウンサーとして『どうぶつ奇想天外!』『筑紫哲也 NEWS 23』『報道特集』などを担当。15年に結婚後、TBSを退社して渡米、コロンビア大学大学院にて修士号を取得。18年に帰国後、20年にジョブリターン制度を利用し、報道記者としてTBSに復職した。現在は報道局デジタル編集部に所属し、「TBS NEWS DIG」の編集長を務める。
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