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有名スポーツ選手の死んだ恋人が真相を暴露『Untold: 架空の恋人』が突きつける報道の罪深さ

2013年、アメリカンフットボール選手マンタイ・テオを襲った「なりすまし」の悲劇。Netflixドキュメンタリー『Untold: 架空の恋人』は、当事者、家族、暴露記事を出したメディア関係者などにインタビューを試み、事件を改めて検証、真実を伝えることの難しさに迫ります。
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恋人は存在しなかった

Netflixのドキュメンタリー「Untold」シリーズの新作『Untold: 架空の恋人』が凄かった。

名門ノートルダム大学のアメリカンフットボールの選手マンタイ・テオが中心人物。
マンタイ・テオは、ディフェンスチームの司令塔であるラインバッカーとしてリーダー的存在だ。2012年、9月11日に彼の恋人リネイ・ケクーアが亡くなってしまう。
「白血病で亡くなった彼女のためにも、俺は試合に出る」とマンタイ・テオは語り、試合に出場する。
「彼のためにも!」とチームメイト奮起、チームは連戦連勝、快進撃を続ける。
この話題は、美談としてマスメディアで大々的に報じられ、マンタイ・テオは悲劇のヒーローとして全米のニュースになる。
ハワイの議員も「誇りに思っている」と議会で発言した。
「彼は逆境を乗り越えた」
ニュースは、マンタイ・テオを持ち上げた。

だが、2013年1月。
まさしく大学リーグ決勝戦の直前。スポーツニュースブログの「Deadspin」が暴露記事を出す。
Manti Te'o's Dead Girlfriend, The Most Heartbreaking And Inspirational Story Of The College Football Season, Is A Hoax
マンタイ・テオのガールフレンドの死は、大学フットボールシーズンで最大の悲劇的で感動的な物語だが、デマだ。
恋人リネイ・ケクーアは存在しなかった。
メディアは一転して、非難しはじめる。
「感動的な話でしたが実は悪質な捏造でした」
「動機も到底理解できません」
「問題はマンタイ・テオが関与していたか。加担していたならひどい人間だ」

そして、ロナイアの名が黒幕としてあげられる。
男子学生であったロナイアが、SNSでリネイ・ケクーアになりすましていたのだ。
ロナイアが、精巧なプロフィールをSNSに作り上げ、家族や知人の「フレンド」も創作し、声色を変えてマンタイ・テオと電話で話し、恋人に「なりすまし」ていたようなのだ。

試合中のマンタイ・テオ/Netflixシリーズ『Untold: 架空の恋人』独占配信中

嘲笑されるマンタイ・テオ

マンタイ・テオ選手は、ジョークのネタにされ、コメディアンにパロディ化され、ネットミーム化され、嘲笑された。騙された間抜けか、加担している詐欺師か、ゲイであることを隠す偽装か。レッテルを貼られ、差別された。プロのドラフト指名にも影響を与えた(「どのチームも彼がゲイかどうか知りたいんだ。念のためにね」)。

恋人になりすましていたロナイアも、暇な大学生のいたずらだと報じられた。
珍事として日本でも面白おかしく報道され、偽彼女の作り方といった嘲笑記事も出た。
何がしたかったのか。どういう動機なのか。
「首謀者とされるロナイアが話してくれれば謎が解けるはず」とキャスターが話すニュース映像の後に、誰も座っていない椅子が映し出される。現れた人が座り、「準備はいい?」とインタビュアーの声。
座った人物はロナイアだ。
当事者のマンタイ・テオ選手とロナイアのインタビューを軸にして、関係者のインタビューを挟み込みながら、この事件の全貌を詳細に追っていく。

インタビューに答えるロナイア/Netflixシリーズ『Untold: 架空の恋人』独占配信中

ロナイアの真実

ロナイアが、リネイという架空の女性を生み出した動機を述べる。
「男に生まれたから。自分のなりたいようにはなれないと思い込んでいた。だからせめて1人の女性としていろいろ経験してみようと決意したの。偽物でいいから」
ロナイアは、トランス女性だ。「リネイとして生きたことで得た教訓から自分がどういう人間でどうなりたいかを知ることができた」と語る。

マンタイ・テオが、フットボールをはじめること。キリスト教カトリック系のノートルダム大学に進学すること。スポーツと信仰と家父長制。さまざまな背景が浮かび上がる。
「この学校を選んだのは僕だし、今のところは正しい決断をしたと思っているよ」と苦しそうにマンタイ・テオが話す。

ロナイアがリネイとしてSNSを充実させていく様子、そしてマンタイ・テオとのネット上の出会い。詳細に語られることで、マンタイ・テオを「騙された間抜け」呼ばわりする酷さが分かってくる。
自分が自分であることを何を持ってアイデンティファイするかという視点でみれば、純愛の物語だったのではないか。

リネイとマンタイ・テオのやりとり、テオ選手の活躍、「Deadspin」記者の探索、なぜロナイアの分身であるリネイは死なねばならなかったのか。
「ロナイアを許す」と前向きに進もうとするスポーツマンの涙をみて、感涙する人も多いだろう。

即断し、表面的な断片だけをつなげて報道することがいかに罪深いか。それを安易に真実だと思い込んで消費する側がいかに人を傷つけているか。
ていねいで、時間をかけたドキュメンタリー『Untold: 架空の恋人』を見て思い知らされる。

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ゲーム作家。代表作「ぷよぷよ」「BAROQUE」「はぁって言うゲーム」「記憶交換ノ儀式」等。デジタルハリウッド大学教授。池袋コミュニティ・カレッジ「表現道場」の道場主。
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