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不妊治療の早い段階から「産む」以外の選択肢を
心理支援のあり方とは

獨協医科大学埼玉医療センター・リプロダクションセンター

杉本公平さん、小泉智恵さん

特別養子縁組を経て親になった人の中には、不妊治療の経験者も多くいます。そのため、医療施設のなかには不妊治療をおこなうのと並行して、社会的養護が必要なこどもを育てる特別養子縁組や里親制度の情報を患者さん夫婦に伝える取り組みをしているところもあります。不妊治療と特別養子縁組の接点とは、どうあるべきなのでしょうか。獨協医科大学埼玉医療センター・リプロダクションセンター教授で生殖医療専門医の杉本公平さんと、同センターで生殖心理カウンセラーとして相談に応じる小泉智恵さんに話を聞きました。

不妊治療の先にある「家族」の姿

リプロダクションセンターでは泌尿器科医が男性に、産婦人科医が女性に寄り添い、心理支援の専門職によるカウンセリングの機会も提供しながら夫婦同時の治療を行います。これによりカップルは治療中の心理支援を受けられるだけでなく、「不妊治療の先の家族のイメージ」も共有しながら治療を進めることができます。

産婦人科の医師として主に女性診療を担当する杉本さんは、治療が開始してまもなく「特別養子縁組でこどもを迎える方法もある」と伝えています。「わが子に会いたい」と切実に願って不妊治療を始めようとするカップルに、「産む」以外の選択肢をあえて提示するのはなぜでしょうか。

「2015年に米国へ留学し、がん患者の妊孕(にんよう)性(※)温存に関する意思決定の論文を翻訳することを指導教授のTeresa K. Woodruff教授から指示されました。患者が最初に妊孕性を温存しない治療を選ぶと、養子縁組の選択肢が示されることはスタンダードになっているのです。びっくりして国内の現状を調べたところ、『日本は遅れている』と気付きました」(杉本さん)

※妊娠するために必要な能力、または妊娠するために必要な臓器と機能のこと。

その後、杉本さんは里親会などに出向き、養親や里親と交流するようになりました。2019年に埼玉県里親会の協力を得て会員を対象に不妊治療について調査したところ、女性は68%、男性は56%が治療経験者だとわかりました。そのうち女性の66%、男性の75%は高度不妊治療(ART)にあたる体外受精まで経験していたのです。

「多くの養親・里親さんが不妊治療経験者だと知り、医療者が特別養子縁組や里親制度について伝える必要性を強く感じました。集まりの場で数組のご夫婦から『何で産婦人科医が情報を提供してくれないのか』『なぜもっと早く教えてくれないのか』などといった切実な声も聞きました」(杉本さん)

生殖医療専門医の杉本公平さん

医師とカウンセラー、二人三脚の向き合い方

特別養子縁組は、養子となるこどもと実親(生みの親)との法的な親子関係を解消し、育ての親と実親子同様の関係を結ぶ制度です。生みの親との関係が継続する普通養子縁組とは異なります。特別養子縁組制度について既に知っていた杉本さんは、里親制度についても学んでいきました。里親委託を経て、特別養子縁組で親子になるケースもあります。

杉本さんはいま、医療現場でそれぞれの制度の特徴を簡潔に伝えています。「不妊治療に取り組みながらも、『産まなくても子育てはできる』という選択肢を頭の片隅に留めておいてほしい」。そう願いながら日々の治療に当たっているのです。

カウンセラーの小泉さんは、「血のつながりのないこどもを育てること」も夫婦が具体的にイメージできるよう、情報を提供しています。17年間にわたる生殖医療の現場での経験で大切にしているのは「夫婦が思い描く家族観をすり合わせながら治療を選択していってほしい」という思いです。

「血のつながったこどもがほしいと願うのは、夫婦が互いを大切に思い合ってのこと。当然の望みだと思います。一方、こどもを持つ意味とは必ずしも血のつながりだけではない、とも思います。こどもを持つ選択肢を広い視野で考えてみると、それまで見えなかった夫婦にとっての幸せな道に気づくこともあるのです」(小泉さん)

小泉さんによると、不妊治療によってこどもを授かることができるのは6割程度というフランスの調査もあり、日本においても不妊治療経験者の半数ほどはそれぞれのタイミングで治療をやめていくと言われています。そういった中で「不妊治療の終結=(イコール)親になることを諦めること、ではない」と伝え続けていくことが大切だと考えています。

日々患者と接している杉本さんと小泉さんは、それぞれの専門性を尊重して役割を分担しています。杉本さんは初診時など不妊治療のごく初期の段階でまず、特別養子縁組を含めた人生の複数ある道筋について情報提供をします。そして、治療に取り組んでもなかなか結果が出ずに夫婦が行き詰まって心的ストレスが高まってきたようなとき、小泉さんのカウンセリングへとつなぐのです。

早めのカウンセリングの必要性が想定されるケースが、がん・生殖医療(※)の対象や無精子症といった場合です。「結果が出るのがすぐだったり、時間の余裕がなかったりすると、患者さんは非常に苦しい精神状態になります。その場合、私も時間と熱量をかけて『別の選択肢で幸せになった人も大勢いる』と伝えますが、心理支援の専門家の力が必要です。精子・卵子の提供でこどもを授かったケースも含め、さまざまなケースを見てきたカウンセラーだからこそ伝えられることがあると思っています」(杉本さん)

※がん治療を最優先にすることを大前提として、がん患者が将来こどもを持つことを応援する医療

治療を始める前に特別養子縁組を含めた情報を医師の口から伝え、治療が行き詰まったときや切羽詰まってきたようなとき、あらためてカウンセラーが様々な選択肢を具体的に患者に寄り添いながら説明する。こうした二人三脚の連携と分担による患者さんとの対話が、特別養子縁組を「わがこと」として考えてもらうための説得力となっています。

子を育てるほかの選択肢と並べて伝える

不妊治療中のカップルは、どのような思いを抱えているのでしょうか。杉本さんは不妊患者の心理ケアについて医師として学びを深めるなか、自身も聞いてはっとしたというたとえを使って説明します。

「勉強や仕事は努力すれば評価され『自分がこれだけ価値のある人間だ』と実感し、自尊心を育てることができます。しかし、不妊治療では時間やお金を費やし、痛みに耐えても妊娠反応が陰性であれば“0点”と感じてしまうといいます。評価は100点か0点しかないのです。そうした心理状況を学んだので、私は不妊治療の説明会をはじめとした早い段階から『不成功でも人間の価値を下げることにはならない』と伝えています」(杉本さん)

杉本さんからのバトンを引き継ぐ小泉さんは、夫婦の関係性にも目配りしながら支援します。カウンセリングルームに入ってくるカップルが、はじめから悲しみや涙を見せることは少ないそうです。パートナーへの思いやりから感情を抑えているケースが多いからでしょう。だからこそ、「ここでは夫婦で語り合って心の重荷を下ろしてから家に帰っていけるように」と寄り添います。

「つらさと日常生活への支障についてもうかがいます。厚生労働省の調査によると、不妊治療中の患者の約7割は不安や抑うつを抱えていて、約4割は受診を要するような深刻な状態であると示されたからです。それだけ不妊治療というのは心身の負担が重いものなのです。それで生活に影響が出るなど心や身体のサインが見受けられた場合、センターでのカウンセリングや最寄りのメンタルクリニックへの受診を勧めることもありますが、少しでも早く心身の健康を取り戻せた方が今後の選択肢を考えるゆとりにつながりやすいからです。目先の治療のことや今後についても考えつつ気持ちの折り合いをつけるのは簡単ではなく、短期間で立ち直ることもありませんが、少しずつ特別養子縁組など別の選択肢に目を向けられるようになっていきます」(小泉さん)

生殖心理カウンセラーの小泉智恵さん

患者が特別養子縁組や里親制度を視野に入れてカウンセリングに訪れたとしても、小泉さんはほかの選択肢と合わせて情報を伝えるようにしています。第三者の精子・卵子・胚の提供を受けて治療をする非配偶者間の生殖医療や、こどもを持たない人生についても特別養子縁組と並べて提示し、「ほかと比べてどうなのか」という視点で考えるように助言します。

そのうえで特別養子縁組については成立するまでのステップを示し、窓口が児童相談所と民間あっせん事業者であることなどを紹介します。中には年齢や収入といった審査があり、希望する全ての夫婦がこどもの紹介を受けられるわけではないことも率直に伝えるのです。

こどもの視点にも思いをはせて

杉本さんらは2021年度、不妊治療に携わる医療者向けの『不妊治療中の方等への特別養子縁組制度・里親制度に関する情報提供の手引き』の作成に携わりました。医療・福祉の専門家だけでなく養子縁組の民間あっせん事業者や養親・養子当事者を交えた研究会を立ち上げて内容を検討し、医療者向けのガイドブックとともに、カップルに手渡すリーフレットも作成しました。

小泉さんは、こうして杉本さんとともに制作に携わり、養親や養子当事者の声を紹介したリーフレットを夫婦に手渡し、特別養子縁組の家族を描いた絵本を見せて、具体的な家族のイメージを描けるように努めています。

「真実告知(こどもに生い立ちや生みの親の情報を伝えること)や、こどもの出自を知る権利についても話します。そうすると『誰にも何も言わないで自分たちのこどもとして育てられたら』などと思っていた方は、ハッとされます。夫婦の間だけで描いていた未来にこどもの存在が加わり、『こどもにとって何が大事なのか』を考える方向へと視点が変わっていくように見受けられます」(小泉さん)

不妊治療の経過や結果を受け入れられずに苦しむカップルは少なくありませんが、杉本さんと小泉さんは劇的な変化を見ることもありました。医療者とのやりとりの中でとげとげしい態度を見せていた男性が、手術を経ても自らの精子を見つけるに至らなかったときのこと。ひどく落ち込んでいた様子だった男性に特別養子縁組や里親制度という選択肢についても伝えました。3カ月が経ったころに再来院した男性は、家庭を必要としているこどもを育てることも視野に入れ、「里親研修を終えました」といってニコニコして戻ってきた、というケースがあったそうです。

杉本さんが特別養子縁組した家族と交流して抱くのは「ごく普通の家族」という印象です。養親から「一緒にいれば血のつながりがないことは気にならない」と言われたことも心に残ったといいます。こどもがいる生活が始まってしまえば子育てに邁進(まいしん)する日々が続き、実の親子の日常と変わらない。特別養子縁組で結ばれた親子は、実は“特別”というわけではない。そんな思いを強くしています。

産む・産まないにかかわらず区切りを見据える

杉本さんによると、体外受精の成功率は女性の年齢が40歳で10%、45歳では1%。「99%は失敗すると伝えていても、1%の可能性にかける人がいるのが現実」です。また、特別養子縁組の民間あっせん事業者の多くは養親希望者の年齢をおよそ45歳までとしています。産む・産まないにかかわらず加齢を見据えた選択が迫られる中、当事者の意識は少しずつ変わってきたという実感があるそうです。

10年以上前は不妊治療をしていることを「隠すべき」という意識が強かったそうですが、SNSの普及によって当事者は体験を共有しやすくなりました。2012年にはテレビのドキュメンタリー番組で卵子の老化について報じられた影響もあり、杉本さんは年齢との関連性をはじめとしたさまざまな情報も得られやすくなっていると感じています。22年4月からは生殖補助医療(体外受精、顕微授精)に保険が適用されることになりました。この場合、治療開始時点での女性の年齢が43歳未満と制限されており、杉本さんは「多くの人にとって治療終結の一定の区切りとなっているのではないか」と現場での変化について語ります。

ただし、危機感の抱き方は夫婦の間で異なる向きもあります。小泉さんによると、一般の病院では女性のみが初診で来院することが多く、「パートナーを連れて再受診を」と促しても次に2人で来るケースは5組に1組ほどとなってしまっているのが実情だといいます。

「芸能人の方が40代に入って出産したニュースを見て安心している男性もいます。不妊治療においては夫婦間のギャップを埋めるのに、まずは時間がかかるというところもあります」(小泉さん)

また、小泉さんは「こどもを持つことを諦めたカップルのその後」にも思いを寄せています。40代前半を不妊治療に費やした後でいざ特別養子縁組にシフトしようとしても、年齢で区切られてしまうこともありえます。保険が使える範囲が治療を頑張る期間と定めたカップルが最後の機会でも実らなかった場合、そこでぷっつりと通院が途絶えてしまうことも多いそうです。「いきなり終わるのではなく、心理ケアを受けながら不妊治療の終結へとソフトランディングしていくと、失意の中での終結を避けるだけでなく自分や夫婦の人生におけるこどもを持つ意義を考えてみたり、特別養子縁組など別の選択肢に関心を持ったりできるのではないか。そう感じています」

治療が終わった後に相談に来ても大丈夫

杉本さんと小泉さんは、心に余裕がなくなる前ではなく、できるだけ早い時期からの治療を勧めています。また、「治療が終わったからといって、相談に来てはいけないというわけではないのです。新しい変化があったときにまた相談していただくこともできますよ」と声をそろえます。

あらためて2人に不妊治療を経て特別養子縁組を考えることの意義について聞いてみました。杉本さんは次のように話します。

「家族観の理想を先に決めずに、いろんな人生があるんだということを知って歩んだ方が、人生豊かなのではないかと思います。血縁以外の選択肢によって家族となっていく親子関係があっていい。色々な形の家族形成があるとおおらかに選択肢を考えてほしいし、私たちもそれを支えていきたいと思っています」(杉本さん)

小泉さんがすすめるのは、カウンセラーという第三者のいる場をうまく利用してみること。不妊治療を続けながら並行して特別養子縁組を検討することもできます。「何度も話し合ったり、考えや気持ちが変わったりしてもいいのです。その都度、整理していまできることに向かっていくのもすがすがしい経験になるはず」と話します。不妊治療の終結は「今後の夢を夫婦で自由に語っていいタイミング」として前向きになる機会にもなると説きます。肩の力を抜いて夫婦の未来を相談する過程で、「新しい家族のイメージ」が生まれることを願っているのです。

PROFILE
杉本 公平(すぎもと・こうへい)/1968年生まれ、鳥取県出身。獨協医科大学埼玉医療センター・リプロダクションセンター長および教授。産婦人科専門医、生殖医療専門医、臨床遺伝専門医。不妊患者への治療やカウンセリング、子宮内膜症合併不妊症例などの腹腔鏡手術に多数携わる。
PROFILE
小泉 智恵(こいずみ・ともえ)/1968年生まれ、神奈川県出身。獨協医科大学埼玉医療センター・リプロダクションセンター研究員。公認心理師、臨床心理士、生殖心理カウンセラー、がん・生殖医療専門心理士。不妊治療を受けるカップルに寄り添い、医師らと連携してのカウンセリングを担う。
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