体験談を読む
こどもと真剣に向き合ううち
「私が母です」と言えるようになる
久保田智子さん
特別養子縁組制度により夫婦でハナちゃん(仮名)を長女として迎え入れ、家族となった元アナウンサーの久保田智子さん。現在はTBSテレビの報道記者として、子育てに仕事にと忙しい日々を過ごしています。制度を選択した背景にはどんな思いや葛藤があったのか。受け入れてからのいまの心境や家族観の変化について、話を聞きました。
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早いうちから特別養子縁組が自分事に
――2019年1月にハナちゃんを迎え入れて、どんな日々を過ごしていらっしゃいますか。
22年の年明けが来れば3歳になります。最近では自分から「こうしたい!」と意思をはっきり伝えてくるので、親の忍耐力が試される日々です。仕事をしながらこどもを育てることがいかに大変なのか、いまになって、先輩方の偉大さを実感しています。
――特別養子縁組制度については、どんなきっかけで知り、その選択肢をいつごろから考えていたのでしょうか。
最初に知ったのは高校の授業で、産婦人科の先生が講演してくれたときです。ただ、知識として知っていることと、自分事として知るのとでは大きな違いがあると思っています。
「この制度を使いたい」と具体的に思ったのは、社会人になってテレビで特集番組を見たときでした。
私は20代の早い段階で不妊症であること、こどもを授かることは難しいことを医師から告げられていたので、「自分の人生はどうなるんだろう」と思っていました。しばらくして、特別養子縁組を決めた夫婦の密着ドキュメンタリーを見たんです。
迎え入れた夫婦の暮らしに密着していて、ぼんやりとしていたものが可視化されたことは大きかった。「こういう選択肢が“本当に”あるんだ」と救われた気持ちがしました。
――パートナーとともに、こどもを迎え入れる選択をされました。決める過程で葛藤や戸惑いはありましたか。
そもそも結婚を決めることが、私にとっては大変なことでした。
こどもを産み、育てるという、当たり前だと思っていた選択肢が私にはなくて、結婚する相手にとってもそれを望むことができなくなってしまう。結婚する時点で、「この課題を一緒に背負ってください」とお願いすることに苦しさがありました。なぜ私だけ、と不公平に思った時期もありましたね。
ただ、すごく良かったと思うのは、早い段階で特別養子縁組という制度の存在を自分事として考えていたことだと思います。
可能性にかけて不妊治療をするという選択肢もありましたし、最初から特別養子縁組を考えることもできた。両者を並列に考えられたことで、夫と「特別養子縁組がいいと思う」「それでいいね」と話し合って結婚できたんです。
こどもを育てることで母親にしてもらっている
――夫婦二人ではなく、「こどもがいる家庭」でありたいと思った。その気持ちはずっと持っていたものでしたか。
不妊症が分かったときから、自分はこどもを“産みたい”のか、“育てたい”のか、をずっと考えていました。産んで育てることがセットでなければいけないのか、産むことが重要なのか。それとも、ともに生活する、こどもという家族を持ちたいということなのか。「根本的に、なぜ自分はこどもと生きたいのか」と哲学的に考えていた時期もありました。
その上で、私はやっぱりこどもを“持ちたい”と思いましたし、それは“産む”ことに限らず、一緒に生活をしていきたいということだと思ったんです。
――夫婦でどんな話し合いをされたのでしょう。乗り越えてきたものはありましたか。
夫はすごく理解のある人で、誰にでも自分では変えられないものがある、変えられるものを増やしていこう、と思考する人。結婚前に不妊症を伝えたときも「そうなんだ。じゃあ、そこを考えてもしょうがないね。ほかの選択肢をどうしようか」と返ってきました。前向きなコミュニケーションをとれたからこそ、夫婦でいられたんだと思います。
ただ、特別養子縁組を最近になって学び始めた夫は、自分事になるのには時間がかかりました。養親になるためのあっせん団体による研修を受けて、「え、そうなんだ」と一つひとつに感心しながら学んでいましたね。
――特別養子縁組をすると決めてから、実際にハナちゃんを迎え入れるまで、どのように過ごし、どんな心境の変化がありましたか。
見えないものに対する不安というのは何にでもあると思うんです。それは特別養子縁組も同じだったのかなと思います。
どんな赤ちゃんか分からないし、自分たちがきちんと育てられるのかも分からない。不確定なものに対して考えれば考えるほど、不安に思った時期もありました。
あっせん団体から「赤ちゃんが無事生まれたので、よろしくお願いします」と電話をいただいたときは、「私たちで大丈夫なのかな」と夫と改めて話し合ったくらいです。
実際に対面してからは、そんな不安を感じる暇もなく、ミルクあげておむつを替える、慌ただしい生活が始まっていきました。いま振り返れば、実際に娘と出会うまでの数日間が、嬉しさと不安とで一番感情が揺れ動いた時期だったかもしれません。
――ハナちゃんとの暮らしの中で、家族のつながりについて、思いの変化はありましたか。
初めのころは「産んでいない」ことに対して、何か欠けているような感覚が少しあったと思います。
大前提として、「いろんな家族があるべきだ」とは頭では分かっているんです。そもそも私には産むという選択肢がなかったので、しょうがない、という気持ちもありました。それでも、「私が母です」と言うことにくすぐったさがあって、どこか自分の中で、向き合いづらいコンプレックスがあったのかもしれません。
でも、いまは「はい、母です!」と言えるくらいの強さがあります。
産むということはもちろん素晴らしいこと。でも毎日の生活も同じように素晴らしくて、どんどん積み重なっていくものだと思うんです。
うまくミルクが飲めるようになったり、歩けるようになったり、私の口癖が娘にも出てきたり。「育てる」ことに一生懸命向き合うことで、「母親にしてもらっている」という感覚がありますね。
大切なのは、社会で育てていこうというメッセージ
――特別養子縁組をされた当事者として、課題として見えたことはありましたか。
養親には、お腹の中で命を育むという期間がありません。急に始まる子育てへの不安はより大きいと思います。
だからこそ、特別養子縁組が当たり前になって、こどもを「育てる」選択肢を社会で持ちましょうという共通認識が広がればいいなと強く思っています。
特別養子縁組はこどもの幸せを第一に考えた制度なので、養親候補は「どんなこどもでも迎え入れ、育てていけるか」と、覚悟を問われます。それはもちろん大前提で大切なのですが、例えばあっせん団体など支援する側が「これからも一緒にやっていきましょう」という姿勢を伝えることも大事だと思うんです。
迎え入れたこどもに何らかの障害や問題が出てくることもあるでしょう。不安の中にいる養親にとって「一人で背負うのではなくて、社会で背負っていくんですよ」という一言があれば、どれだけ心強いものか。
これは、「こどもを社会でどう育てていくか」に通じていますよね。「一人で抱え込まなくていいんだよ」というメッセージは、社会全体にとっても、特別養子縁組の制度にとっても必要なものだなと思いました。
――養親支援という点では、どのようなサポートが必要だと思いますか。
子育て全般に共通すると思うのですが、経過観察がとても重要だと感じています。
最初から完璧な親はいません。私自身、徐々に親になっていくと実感しているので、はじめはうまくいかなくても「一人ではないんだよ」と言い続けてもらうことはとても大切だなと思います。また、こども自身や保育園など周りに養子であることを伝える「真実告知」など、子育てのいろんなフェーズの悩みを共有する上で、養親同士をつなげるサポートがあると心強いですね。
制度が当たり前の選択肢の一つになれば、特別養子縁組だと伝えても「そうなんですね」と自然なやりとりになります。
でも、「初めてお会いしました」となると、びっくりされて対応に困られたり、すごく気を使われてしまったり。「すごいですね」「偉いですね」と過剰に反応されると、こちらもなんだか気を使わせて申し訳ないと思ってしまうんです。いろいろな家族の形への、自然な理解が広がる社会になっていったらいいなと思っています。
姿を見せることが誰かの選択のきっかけになれば
――2020年の末に、特別養子縁組制度を通してお子さんを迎え入れたことを公表されました。メディアでの発信には、どんな思いがありましたか。
もともと隠すつもりはなくて、周りにも聞かれたら話していました。
ただ、中には戸惑いの反応を見せる方もいて、この制度はまだまだ知られていないのかもしれないと考えるようになったんです。
そもそも私が特別養子縁組を選択肢として持てたのは、テレビの特集があったからです。顔を出して自分の生活を見せてくれた家族がいたから、自分事として考えることができた。
同じように、私が姿を見せることもまた、誰かの選択のきっかけになれるかもしれないし、そうなりたいと思うようになりました。
制度について知ってもらえたら、「そういう家族もいいよね」と考える人が増えるかもしれない。メディアの側にいたからこそ伝えられるし、伝えなければという思いがありました。
――久保田さんは米国で留学や生活された経験があります。家族の捉え方について日米の違いを感じることはありましたか。
養子縁組の認知度はすごく違いますね。
例えば、世界的にも有名なこども番組では多様な家族が登場して、「あの子はadopted(養子)だよ」といった言葉が自然に登場します。それが素晴らしいことなんだよ、と表現されている。テレビドラマでも、養子縁組をした人が当たり前に、またオープンにして生活している様子が描かれています。米国は、国の成り立ちからも、その人らしさの追求を大切にしていて、その中で養子縁組という形も当たり前のこととして発信されています。なかなか可視化されていない日本と、メディアの姿勢の違いを強く感じます。
こどもを中心に考える、という社会の方針も明確です。
特別養子縁組をこどもにどう伝えるかという「真実告知」もそうですし、例えば両親が離婚をする場合でも、こどもにどう話すかは非常に重要視されている。こどものケアが何よりも優先されているんです。
日本も少しずつ変わってきていますが、米国は「こどもの成長のために何が必要か」という視点が進んでいるなと思いますね。
――その「真実告知」について、久保田さんはいつからどのような伝え方をされているのでしょう。
娘には、2歳のころから、「『産みの母』がいるんだよ」と話をしています。
ママが二人いるんだよ、という表現だと分かりにくいかなと、言葉づかいにはすごく気を付けました。
「ママはママでいるし、『産みの母』もいて、ママは『産みの母』にとても感謝しているんだよ」「ハナちゃんを私たちに託してくれたからだよ」と話しています。
「ハナちゃんが生まれたその瞬間にはママたちは一緒にいなくて、生まれてから5日後に会ったんだよ」と言ったときには、「ママ、買い物行っていたの?」と聞かれました。言葉の理解はまだまだ先ですが、ときどき思い出したように「産みの母、大好き」と言うんです。「その人は何だかあたたかい人」という、私たちの感覚が伝わっているといいなと思っています。
これから保育園や小学校などで、「みんなには『産みの母』がいない」ことに気付くかもしれない。そのときにまた、家族でどう会話するかを考えていきたいと思っています。
――特別養子縁組制度を通じて、こどもを取り巻く環境や社会に対しての考えも変わっていますか。
娘に出会ってから、「すべてのこどもたちが幸せであってほしい」と心から思うようになりました。
彼女は唯一の大切な娘ですが、タイミングが違ったら、違う家庭にいたかもしれません。私たちにはできないことがほかの家庭ではできたかもしれないし、私たちだからできることもあったかもしれない。「彼女がどこにいても、幸せに育っていてほしい」と思いますし、他のこどもたちを見ていても、もしかしたら私が一緒に暮らしていたかもしれないなと思ってしまう。こどもたちが本当に幸せなのか、気になって仕方がないんです。
いま、児童養護施設にいる、あるいは施設を出た後のこどもたちを取材しているのですが、もし私が特別養子縁組を選択していなければ、こどもを社会で育てるという「社会的養護」を自分事として考えることはできなかっただろうなと思います。制度のおかげで、私は家族を迎えるという奇跡のようなことができた。当たり前ではない毎日を過ごしているからこそ、娘を通じて「こどもたちにとって良い社会を作ること」が他人事ではなくなっているんです。幸せな環境を大人が提供できるために、私たちは何ができるのか。社会の大きな枠として考えるようになりました。
――これから特別養子縁組制度を検討する方、この制度を利用して家族を考えてみたいという方に向けて、メッセージをいただけますか。
一人ひとり状況が違うと思いますが、共通して「見えないものへの不安」を持たれるのではないかなと思います。
私が言えるのは、育ててみたら解決するものだ、ということ。こどもを愛おしいと思う気持ちは、1日でできるものではなくて、毎日の積み重ねでどんどん大きくなっていくと実感しています。
最初の1~2年は、娘がいることがうれしくてたまらなくて、「こんなに幸せでいいのかな」と毎日を過ごしていたんです。いまでは、娘がいることが当たり前になって、ごく自然に“家族”でいる感覚があります。
「迎え入れたこどものことを愛せるかな」と思う方もいるかもしれませんが、愛情は突然100%の形で現れるものではなくて、徐々に大きくなっていく。不安というのは実際に新しい環境へ飛び込んでみるとある程度、解消されることもあり、心配はしなくてもいいのではないかと私自身は感じています。
――これから久保田さんが大切にし続けたい思いは何ですか。
娘が幸せになる、ということは何よりも大事にしたいこと。そして、もう一つ。産んでくれた親が幸せになっていることもまた、私の大切な願いです。将来、娘が興味を持つかもしれないし、会いたいと思うかもしれません。そのときに、産んでくれた母が幸せでいて、新しい人生の一歩を踏み出してくれているといいなと、いつも思い続けています。
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