体験談を読む
「障がいがあるから家庭で育てられない」
現実を変えていきたい
ダウン症や先天性疾患など障がいのあるこどもの特別養子縁組をあっせんする事業者「NPO法人みぎわ」。理事長の松原宏樹さんは、自身も障がいのあるこども2人を養子として育てています。みぎわを設立した背景や、活動を通じて見えた課題、こどもたちへの思いを聞きました。
障がいを持ったこどもたちの、育つ場所をつくる
「みぎわ」には、年間50件以上の相談電話が寄せられてくるという。
おなかの赤ちゃんにダウン症の可能性や障がいがあるとわかり動揺している、中絶可能な期間を過ぎてしまった、出生後に障がいがわかり、その子を受け入れることができない――。理事長の松原宏樹さんは、相談者の思いに寄り添い、こどもにとってなにが最適なのかを一緒に模索してきた。
全国に22ある(2022年1月現在)養子縁組民間あっせん事業者の中で、ダウン症や障がいをもったこどものサポートを前面に出している事業者は「みぎわ」だけだ。2018年に設立された「みぎわ」は、どんな経緯から生まれたのか。
「私自身が牧師として、孤独な方に寄り添う活動を続けてきました。その一環で、終末期の患者に寄り添う『ホームホスピスみぎわ』を立ち上げ活動していました。
そこで助産師さんや産婦人科の方と出会い、障がいのある赤ちゃんの相談をされるようになったのです。
障がいを持って生まれた赤ちゃんが、病院に入れられたまま放置される“医療ネグレクト”にあっていること。生みの親が手放したあとも、育ててくれる家庭が見つからないことなどです。話を聞いて、こどもたちの行き場がないという現実を初めて知りました。
障がいを持ったこどもたちが家庭を見つけるのはとてもハードルが高く、そのための窓口もありませんでした。何とかこどもたちの育つ場所をつくれないかと、養子縁組民間あっせん事業者としての許可手続きを進め、組織化に向けて動いてきました」
生みの親の思いに耳を傾ける
「みぎわ」に寄せられる相談には、大きく三つのケースがあるという。
①出生前診断で染色体異常が判明した、②エコー診断で障がいのある可能性が判明したものの中絶が難しい、③生まれてから障がいがあるとわかったケースだ。
「このままこどもと一緒に死んでしまいたい」という緊急性の高い相談や、「生まれてきた子に愛情を持てない」という相談も少なくないという。
「染色体異常の赤ちゃんや難病のこどもには特別な治療が必要ですが、それを拒否する家庭もあります。健常児のきょうだいがいる比較的裕福な家庭であっても、障がいのある赤ちゃんを手放したいと希望する人がいました。物理的、経済的な事情ではなく、『ただ、障がいを受け入れられない』という現実があるのだと思い知らされました」
「みぎわ」では、生みの親たちの思いに耳を傾け、自宅での養育は本当に難しいのかを一緒に検討していくという。医療機関と情報を連携し、病院のソーシャルワーカーから家庭状況について意見を聞きながら、こどもにとってどう育つのがベストなのかを選択していくケースもある。緊急性が高い場合はすぐに引き取り、乳児院や児童相談所と相談し、特別養子縁組の可能性を探っていくという。
「妊娠中から相談にのり、出産に立ち会ったこともあります。相談者の中には『自分たちで育ててみます』と自宅養育を選択した方もいますが、葛藤を抱えながらの養育になるのは変わりません。相談者と継続的に連絡をとりあい、何かあったときのセーフティーネットとして、つながりながら見守っています」
こうした現実の背景には、障がい者との共生とは程遠い社会の現状があると松原さんは話す。
「残念ながら、いまの日本に、障がいのある方を受け入れる土壌はまだないと思います。多様性や共生社会、バリアフリーという言葉は広がっていますが、ごく自然と、障がいのあるこどもが社会に混じり合うという状況になっていない。『障がいを受け入れられない、育てられない』と追いつめられる親御さんの背景に、社会全体の価値観があるのだと思います」
横のつながりをつくり、孤立させない仕組みが大事
手放す親がいる現実の一方、みぎわには、「ダウン症や障がいのあるこども」と理解した上で特別養子縁組を考える養親候補、迎え入れた養親たちがいる。
彼らはどんな思いで、養子を迎え入れる決断をするのか。
「みぎわでは、活動を知ってもらうための相談会や集会を草の根的に行っています。人のつながりをつくっていこうと映画会などの催し物も行い、そうした場で話を聞いた方が『こどもを迎えてみようかな』と少しずつ思ってくれるようになることがあります」
みぎわで特別養子縁組をあっせんしているのは、ダウン症や障がいを持ったこどもに限られる。養親を希望して相談に来た人の9割は辞退していくという。
「『夫婦や家族で話し合った結果、遠慮しようと思う』『障がいのある子との生活が思い描けない』など理由はさまざまです。
一方で、障がいを持って生まれたために家庭で育つことがかなわない子がいる、その現実を知り前向きに検討してくださる人もいます。何度も面接を重ねながら委託を検討していきますが、障がいを前提に決意してくださった時点で本当にありがたいことです。信頼を寄せられる方が多く、救われる思いです」
社会的養護を必要とするこどもたちにおいて、障がいのある子の割合は増えている。一方、養親候補の少なさから、特別養子縁組の成立件数はまだまだ少ない。「みぎわ」では2021年度、家庭裁判所の審判を経て縁組が決定したのが4件、委託が決まっているのは5件に留まっているという。
医療面でケアすべきことの多さが、こどもを迎え入れるハードルの一つになっているため、「みぎわ」では、地域の行政機関や医療機関との連携により養親の中長期的なサポートを広げている。
「ダウン症と一言で言っても、症状は一人ひとり違います。健康な子もいれば、体がとても弱い子もいる。サポートでは、医療機関への橋渡しはもちろん、ダウン症の人を支援する事業者との連携、地域の保健師や児童相談所への情報提供が欠かせません。とくに0歳から2歳までは、特別な治療が必要なので、医療面でのサポートには神経を使っています」
最近の取り組みでは、障がいを持ったこどもの養親の会を立ち上げ、悩みを共有できる場を作っている。
「横のつながりはすごく大事だと思っています。ダウン症の子に特有のケアに対しても、同じ状況にいる養育者同士なら『うちはこうしたよ』と経験に基づいたアドバイスをしあえる。励ましあって孤立しないような養親ネットワークの仕組みは、これからも整備していきたいと思っています」
養子たちによって、愛情が引き出されていく
松原さんは、障がい児の養親当事者でもある。ダウン症と心臓に疾患のある、現在3歳の大和君と、染色体異常がある1歳8カ月の恵満(えま)ちゃんを育てている。養子を迎え入れることは、「みぎわ」の活動の中で自然と生まれた決意だったという。
「みぎわの活動を始めたときから、一番大変なこどもは私たち夫婦が育てようと思っていました。自分が経験していないことを、養親候補の方にお話しするのは難しいでしょう。具体的なアドバイスをお伝えする上でも、私が当事者でありたいという思いがありました」
迎え入れて感じた変化を聞くと、「とにかくかわいくて、私自身がすごく幸せになった」と笑顔を見せる松原さん。20代になった3人の実子も、一緒にお風呂に入ったり、隣で眠ったりと一緒になって可愛がっているそうです。
「自分だけのペースで、周りと比べることなく、オリジナルの人生を生きている。その在り方そのものが家族にとって癒やしであり、かけがえのない存在になっています」
療育の手はかかるけれど、大きな幸せをくれている。それはみぎわで特別養子縁組をした養親たちにも共通しているという。
「一生懸命子育てをしながら、『この子が愛情を引き出してくれる』と話している養親の姿を見ると、すごくうれしいんです。
健常児がいる家庭で養子を迎え入れた方や、私のように50代で迎え入れたご高齢の夫婦など様々なケースがありますが、皆さん『養子が来てくれて、家族みんなの優しさが引き出されている』と話します」
特別養子縁組制度では、家庭裁判所の決定により養親が実子と同じ親子関係を結ぶことになるが、
「『こどもにとって、この家庭で育つことが利益になる』と裁判所もきちんと見てくれている」と松原さんはいう。
「みぎわで養子縁組をした最高齢は、73歳の夫と59歳の妻のご夫婦でした。現実的にはこどもが成人したときの親の年齢など、課題もあるかもしれません。でも、裁判所が、『いま、目の前のこの子に育つ家庭がない』という現実に向き合い、決定してくれた。とても価値ある決定だったと思いますし、こどももご両親も幸せそうに笑っているのを見ると、本当によかったなと思います」
家庭を必要としているこどもは、健常児だけではない
障がいを持ったこどもたちの行き場所がもっと広がってほしい。みぎわの設立時から、その思いは変わらない。
ただ、特別養子縁組は法律上親子関係になる制度であるため、里親制度のように社会的養護としての特別な支援はなかなかないのが現状だ。
障がいのある子を育てる上で、専門の治療を必要とするなど経済的な負担は重いものの、行政からの金銭的な支援はない。それは、特別養子縁組で障がい児を迎え入れる際のハードルにもなっているという。
「養親候補の方に、“特別な手当はありません”と伝えざるを得ない現状が、少しずつでも改善していってほしいと願っています」
「みぎわ」では、養親候補の年齢や年収、財産状況は考慮するものの、何よりも「障がいのある赤ちゃんを育てたい」という思いを強く持っているかどうかを重視しているという。
「乳児院や児童相談所と連携する中で、障がいのある子の特別養子縁組が成立するケースはゼロに等しいという現実を目の当たりにしてきました。
でも、特別養子縁組を必要としているこども、家族を必要としているこどもは健常児だけではありません。どんなこどもも、あたたかい家庭環境の中で育つべきだ。そんな当たり前の考え方を共有、共感できる方と一人でも多く出会いたいと思っています」
その一歩として、現状を知ることが大切だと松原さんは話す。
「どんな子にも、幸せになる権利があります。でも、障がいを持って生まれたことで、社会で暮らすハードルはもちろん、家庭で育つということにおいてもハンデがある子がいるのです。その現実を知ることが、『自分たちには何ができるのか』と考えることにつながっていきます。
実際に、健常児を育てたいと思っていた夫婦が、障がいを受け入れて養親になっていくケースを見てきました。知ることがいかに大事なことかを実感しているからこそ、これからも地道に発信を続けていきたい。そう思っています」
http://migiwa.link/
- すべて
- 養親当事者の想い
- こどもの想い
- 専門家の解説
- 周囲の想い
- 不妊治療