高尾美穂“ことばの処方箋 ”

【高尾美穂医師に聞く#2】「卵子凍結」が気になっています。メリットは? 早い方がいい?

女性の人生は、体調のリズムやその変化と密接な関係があります。生理、PMS、妊娠、出産、不妊治療、更年期……。そうした女性の心と体に長年寄り添ってきた産婦人科医・高尾美穂さんによる連載コラム。お悩み相談から生き方のヒントまで、明快かつ温かな言葉で語りかけます。今回のテーマは、「卵子凍結」。将来的には妊娠をと望む女性たちの間で、話題にのぼることが増えているようです。

いつかは子どもが欲しいけれど、今すぐは産む準備も環境も整っていなくて──。タイムリミットがある妊娠・出産への漠然とした不安から、卵子凍結に関心を持つ人も少なくありません。連載第2回は、卵子凍結について悩む読者に向けて、高尾美穂先生に教えていただきます。

Q. いずれ子どもを持ちたいと思っていますが、現在パートナーはいません。将来の妊娠のために、卵子凍結が気になっています。実施するべきでしょうか? また、するなら早い方がいいのでしょうか?(33歳・会社員)

高尾美穂医師(以下、高尾): 卵子凍結については、確かに最近メディアなどでもよく話題になっていますし、患者さんからも時々、質問されるようになっています。気になっている方は多いのでしょうね

私は産婦人科医として、たくさんの女性を診てきて、不妊治療がサポートしてきた命の誕生にもたくさん向き合いました。しかし、そのうえで思うことは、「いつか」の妊娠のために、「まずは卵子凍結!」と、やみくもに走り出してしまうことはおすすめしないということ。卵子凍結をするか否かで悩む前に、一度じっくり考えてみてほしいことがあるんですよ。それは、「子どもを持つ人生をどのくらい強く望んでいるか」、そしていずれ子どもを欲しいと思うなら、「今は産まない・産めない理由は何か」を考える、ということです。

高尾美穂医師 (撮影:岡田晃奈)

卵子を凍結保存しておくと、将来妊娠を希望する際は、体外受精にトライすることになります。この場合、凍結しておいた卵子を融解し、パートナーの精子を採取して、体の外で人工的に卵子と精子を受精させて培養し、受精卵になったものを子宮に戻すという方法になります。

こういったことが可能になった医療の進歩には素晴らしいものがありますが、未授精卵子の凍結保存はもともと、主にがんなどの病気やその治療によって生殖機能が低下する可能性がある医学的な適応に対し、用いられてきた方法です。つまり、女性の生き方の事情に合わせて柔軟に対応できるような仕組みではありません。まずはそこをしっかりと認識する必要があります。

治療が優先される場合も

――もともとは治療のためだったのですね。その意味でも、しっかりとした心構えが必要になるのですね。それでも卵子凍結を望む場合、そのスケジュールや費用は、どのようになっているのでしょうか?

高尾: まずはカウンセリングを受け、婦人科検診を行います。血液検査や内診により、卵巣と子宮に問題がないか、採卵できる状態かをチェックします。ここで婦人科の病気が見つかることもあり、症状や部位によっては採卵より治療を優先することもあります。

次に、採卵の2週間前くらいから、自己注射や飲み薬でホルモン剤を投与して卵巣を刺激し、排卵を誘発します。ここから採卵日まで週に2〜3回の通院が必要となります。

採卵日は日帰り。全身麻酔や局所麻酔をして、腟から器具を入れて卵巣にアプローチします。施術自体は20分〜1時間程度で終わります。

費用は、初診から卵子の凍結保存までを1回として50万円〜70万円程度が目安。体の状態や卵子の育ち具合、採卵できる数は人によって異なるため、費用にも差が出てきます。加えて、卵子1個あたりの保管料が発生し、その後も毎年もしくは数年ごとにそれはかかってきます。

GettyImages

 

――仕事をしている場合など、結構なスケジュール調整が必要になりますね。痛みなどで、その日は仕事を休む必要がありますか?

高尾: 仕事のスケジュールが調整できる時期に行う方がいいと言えますね。卵巣を刺激して排卵を誘発し、順調に卵子が育っていくと、採卵前の受診のタイミングがずらせなかったり、採卵直前には決められた時間に自己注射や投薬をする必要があったりもします。人によっては、卵子の生育具合をみて採卵日が突然決まることもあります。採卵時の痛みは個人差があるため、心配な場合は仕事は休みにしておく方がいいでしょう。

妊娠を保証するものではない

――「受精卵凍結」という言葉も聞きます。それとはどう違うのでしょうか?

高尾: 受精卵の凍結保存とは、それぞれ採取した卵子と精子を体の外で受精させて培養し、受精卵になったものを凍結保存しておくことです。同じ凍結保存という意味合いで、卵子凍結・保存と受精卵の凍結・保存とに似たようなイメージを持つ方も多いですが、別物と思った方がいいでしょう。

受精卵は、融解して子宮に戻して妊娠するか否かということになりますが、卵子凍結はまだその前段階であり、融解後に「受精」というステップが必要になることが、お分かりいただけると思います。妊娠に至るまでに必要なステップがかなり異なるので、卵子凍結の方が受精卵の凍結よりも、妊娠成立する可能性はどうしても低くなるのですね。

子どもを持つことを考えると、卵子凍結はまだまだほんの最初のステップであると言えると思います。そこから妊娠、出産に至るまでには、長いプロセスが必要になります。だからやっぱり、「卵子凍結」は、保険のひとつぐらいに捉えておくのがいいのではないかなと。

――お話を伺うと、卵子凍結は将来の妊娠を保証するものではないのですね。

高尾: 厳しいことを並べているかもしれませんが、やっぱりね、卵子凍結によって将来の妊娠・出産が約束されるわけではないんですよ。卵子凍結が妊娠に向けた安心材料となるかと聞かれたら、なるとまでは言えないのが現状です。

さまざまな事情について語ってきましたが、これまで述べてきたことを踏まえた上で卵子凍結にトライするなら、それは選択肢のひとつになりますから。心構えをしっかり持っておくことがとても大切になるんです。

GettyImages

――妊娠・出産は、女性にとってやはり大きな人生の選択になりますね。

高尾: 冒頭で、「今は産まない・産めない理由は何か」と、「子どもを持つ人生をどのくらい強く望んでいるか」について考えてみて欲しいとお伝えしました。産まない・産めない理由には、仕事が楽しいとか、パートナーがいない、パートナーはいるけれど将来を見通せない、子育てをするイメージが湧かないなど、人によっていろんな理由があると思います。

相談者さんはパートナーがいないとのことですが、そこに後者の「子どもを持つ人生をどのくらい強く望んでいるか」を加味して考えてみて欲しいのです。これが40代の方からの相談でしたら違うお答えになるのですが、相談者さんは33歳。これまで述べてきたことを踏まえて、それでもやっぱり子どもが欲しいという気持ちになるなら、卵子凍結を検討しつつも、パートナー探しに具体的に動いてみることをおすすめしたいです。

卵子凍結をしたから時間の余裕ができたと心のどこかで考えてしまって、まわり道をしないで欲しいですし、どういう人生を過ごしていきたいか、というテーマに一度向き合ってみることが肝要かと思います。何を大切にして生きていきたいか、迷いながらも、まずは動いて自らの人生を描いてみようとするのはいかがでしょうか。

医学博士・産婦人科専門医。日本スポーツ協会公認スポーツドクター。イーク表参道副院長。ヨガ指導者。医師としてライフステージ・ライフスタイルに合った治療法を提示し、女性の選択をサポート。テレビ出演やWEBマガジンでの連載、SNSでの発信の他、stand.fmで毎日配信している番組『高尾美穂からのリアルボイス』では、体と心にまつわるリスナーの多様な悩みに回答し、910万回再生を超える人気番組に。著書に『大丈夫だよ 女性ホルモンと人生のお話111』(講談社)など。
編集・ライター。ウェルネス&ビューティー、ライフスタイル、キャリア系などの複数媒体で副編集長職をつとめて独立。ウェブ編集者歴は12年以上。パーソナルカラー診断と顔診断を東京でおこなうイメージコンサルタントでもある。
1989年東京生まれ、神奈川育ち。写真学校卒業後、出版社カメラマンとして勤務。現在フリーランス。
妊活の教科書