帰省したら、父が母になっていた。「おいしい家族」ふくだももこ監督インタビュー

母の三回忌のために帰省したら、父が“亡き母”の服を着ていた。さらに、見知らぬ中年男と女子高生の親子までが居候し、なんと父はこの男と家族になると言い出す。パンチの効いた設定から始まる映画「おいしい家族」。本作で描きたかった世界について、ふくだももこ監督(28歳)にお話をうかがいました。

父が“母の格好”をして、料理し始めたのは、純粋に愛しすぎていたからだと思う

――今回の「おいしい家族」は「父の結婚」という短編映画が元になっているそうですね。板尾創路さん演じる父が、母の装いをして料理をつくるシーンはかなりのインパクトがありましたし、象徴的だとも感じました。

ふくだももこ監督(以下、ふくだ): 母親の服を着て料理をして家事をするということが母親になることだと思っていると受け取られかねないですが、もちろんそうは思っていないです。でも、この家の母親がしてきた姿があって、家族は彼女が作った料理を食べて生活して育ってきた。

だから板尾さん演じる父・青治(せいじ)は「母親(妻)になりたい」というよりも、妻を愛しすぎていて、同じことをしていれば妻に近づけるんじゃないかという純粋な気持ちで妻のように立ち居振る舞ったんじゃないかなと思います。板尾さん自身が私以上に青治の心情を理解してくださっていて、改めてご出演いただいてよかったなと思いました。

――タイトルにも「おいしい」とありますが、父が母に代わって作る料理も本当においしそうでしたよね。

ふくだ: めちゃくちゃおいしいですよ。撮影が終わった後にスタッフみんなでハイエナのごとく全部食べました(笑)。

「食べる」という行為が「日常の営みをする」ことであって、それによって何かが得られたり失われたりする、というのは、今のところ小説でも映画でもずっとやってきています。だから今回も料理にはかなりこだわりましたね。

一つの鍋をみんなでつつき合うのは家族というか、信頼関係の表れだと思っているので、すき焼きはどうしても出したかったですし、ほかにも、何か作る工程が見えるものでお仏壇にお供えしてもいいものを考えていて、「おはぎだ!」と。老舗寿司店の数寄屋橋次郎の「二郎は鮨の夢を見る」というドキュメンタリー映画の中でシャリを握って皿に置くとクタっとなるシーンがあるんですけど、あの感じをおはぎでも再現したいと美術さんにお願いしました。お気に入りのシーンのひとつです。

(C)2019「おいしい家族」製作委員会

「血縁も、国籍も、性の当たり前も、どうでもええんやで」と伝えたかった

――作中には“母”になった父のほかにも、様々なバックグラウンドの方が登場します。

ふくだ: 色々な人が出てくる映画になったらいいなとは思っていたんですよ。
たとえば、ダリア(モトーラ世理奈)と和生(浜野謙太)の親子には、私自身が養子だというバックグラウンドが色濃く出ています。血のつながりがなくても全然いいし、家族ってそんなことだけでは括れないよねということを伝えたかった。

(C)2019「おいしい家族」製作委員会

ダリアの同級生の瀧(三河悠冴)は、性自認の話ではなく「男の子でも可愛い服が好きだったら着たらいいよね」という素朴な想いから生まれました。

私は養子でしたけど、そのことをネガティブに思ったことが本当に一度もなかったんですよ。だからこそ、どうしてこんなにもたくさんの人が固定観念に縛られて、社会から糾弾されて苦しまなくちゃいけないんだろうというのは問題意識としてずっとあって「そんなのどうでもいいんやで」と言いたくて、この映画をつくりました。

――本来マジョリティであるはずの主人公の橙花(松本穂香)が作中ではマイノリティになっていましたもんね(笑)。固定観念への問題意識のようなものはどの作品を通じても強いですか?

ふくだ: そうですね。何にでも名前や呼び名をつけてカテゴライズしがちなことも、分断を生むひとつの要因になっていると思います。オムニバス映画「21世紀の女の子」で参加した短編の「セフレとセックスレス」なんてまさに名前に対する矛盾ですよね。もちろん名前がついてカテゴライズされることによって生かされている人もいるし、理解を広める側面やそういった段階もあると思います。名前の認知度を広める運動をしている方たちを否定する気持ちは全くないし、めちゃくちゃ応援しています。

ただ、当事者じゃない人たちが彼らに名前をつけて、それだけでわかった気になって安心してしまうというのは、一線引いてしまっていることになる。そういう意味で“名前の時代”はもういいんじゃないかなと思っています。”○○な人”ではなく”その人の中に○○という要素がある”と、その人自身を見たいです。

自分のことを大切にして、人にやさしくしてほしい

――実は、ふくだ監督の過去作にはあまり明るいという印象はなくて。今回は社会的なテーマを扱いつつも、映画のトーンが終始コミカルだったのが印象的で、驚きました。

ふくだ: 現在の日本の家族映画の先頭を走っているのは是枝裕和監督ですが、是枝作品で描かれる暗さや重さがそのまま家族映画の良さだとはき違えてしまっている人が多すぎるなと思います。もちろん、私自身は是枝監督を尊敬していますし、作品もとても好きなんですけど、作品が良いわけであって、暗くて重いからいいわけではない。コメディであろうとハートフルな話であろうと、家族や社会問題などのテーマを描くことには同じように対応できると思っています。

私が今から是枝監督のようなテイストを目指して制作しても超えられないですし、意味がない。だったら私にしかできないアプローチで、新しい家族の物語をつくりたいと思いました。

私自身、これまでは超暗くて内向的モラトリアムみたいな作品をよく撮っていました(笑)。でも、「自分のためだけじゃなくて誰かのために撮りたい」と思える瞬間があって、「誰かのために撮るなら明るい映画にしよう」と思ったのが前作の「父の結婚」でした。そこからさらに、「おいしい家族」では思想がよりクリアになった感じがします。観てくれた人が“上がる”、そんな映画になっているといいなと思います。

――今後どんな作品を撮ってみたいという希望はありますか?

ふくだ: 「自分のことを大切にして人にやさしくしてほしい」というメッセージはきっと、今後も作品の核になります。家族をテーマにした作品ではなくなるかもしれませんが、根底は変わらないと思いますね。

ただ、今回の「おいしい家族」は私のユートピアを表現するために、こういう世界や登場人物の価値観を否定する人を、あえて登場させませんでした。だから、もしも次に作品を作るなら、“やさしい”世界に対して懐疑的な人たちも含めて「大丈夫やで!」とハグできるような映画を撮りたいです。

●ふくだももこさん
1991 年 8月 4 日生まれ、大阪府出身。監督、脚本を務めた卒業制作「グッバイ・マーザー」(2013)がゆうばり国際映画祭 2014、第六回下北沢映画祭、湖畔の映画祭に入選。同年、映像産業振興機構(VIPO)による若手映画作家育成プロジェクト(ndjc)2015 に選出される。16 年にはすばる文学賞を 25 歳にして受賞し小説家デビュー。ほか山戸結希企画・プロデュース映画「21 世紀の女の子」(19)、ドラマ「深夜のダメ恋図鑑」(ABC/18)にて監督を務めるなど映像、文学の両フィールドでその才能を如何なく発揮する新鋭作家。

文筆家・ライター。「家族と性愛」をメインテーマにしたエッセイや取材記事の執筆が生業。
フォトグラファー。北海道中標津出身。自身の作品を制作しながら映画スチール、雑誌、書籍、ブランドルックブック、オウンドメディア、広告など幅広く活動中。