キャナルシティ博多 副支配人(42歳)

一度は転職したけれど、新卒で入社した会社に出戻りました。

キャナルシティ博多 副支配人(42) 福岡県出身、西南学院大学法学部卒業、福岡市在住。福岡地所勤務。社長室広報、商業事業本部広報などを経て、現職。

 ここ、キャナルシティ博多で副支配人をしています。肩書がついているので、上昇志向が強いいわゆる「バリキャリ」かなと思われるでしょう。でも私、確固たる目標を掲げてバリバリ働くようなタイプではないんです。

 保育園のときに書いた将来の夢は「かんごくさん」。なりたいものがなかったので、隣の子を真似して「かんごくさん」とそのまま写しました。それからも特になりたいものがないまま、深く考えずに地元大学の法学部へ。だけど卒業の前年に開業したキャナルシティ博多に来て、見たことのない斬新な商空間に心を揺さぶられたんです。ここで働きたいと思い、翌年キャナルを運営する福岡地所に入社しました。

一度は会社を辞めて、東京のIT企業に転職したんです

 キャナルの販促担当だった1997~2001年は、インターネット黎明期。自社サイトを持っている企業はほとんどない時代で、新人でド素人の私がキャナルのウェブサイトの立ち上げを任されました。それから各社がこぞってサイトを作り始めて、IT企業が一気に脚光を浴びるように。

 実は私、20代後半に一度会社を辞めて、東京のIT企業に転職したんです。仕事自体は楽しかったけど、ネットの仕事はクライアントを向いていて、世の中の動きがダイレクトにわからない。ハードな環境で体調を崩したのもあって、30歳を前に帰郷して、再び福岡地所に入りました。

 商業施設は、来場者や店舗が直接対面する場所。私たちの仕事はその場の提供、場づくりで、反応がスピーディかつダイレクトに響くのが面白い。一度別の世界を経験したからこそ、そう思います。ただし、なぜそんな反応になるのか、その原因が常に明確なわけではないのが難しく奥深いところです。

 東京に六本木ヒルズができたときは、福岡にキャナルができたとき以上に大きなニュースになりましたよね。不動産開発が街や文化を変えるダイナミズムを改めて感じました。でもね、福岡の人間としては「キャナルができたときのほうがバリすごかったちゃけど」って訴えたかった(笑)。

管理職になって、人材育成の重要性もわかりました

 自社が運営するいくつかの商業施設で、広報や販促に携わってきました。メディアの取材を誘致すると、売上が伸びて店舗にも喜ばれる。福岡にいながら、アパレルやレストランといった全く異なる業界の広報担当者と取材交渉をする機会も頻繁で、刺激的でとても勉強になりました。

 その後、企業広報となってからは、経営的な視点から新聞や時事ニュースを中心とした媒体とのやりとりが仕事の中心になりました。あの頃は仕事中毒だったかも…。

 2017年6月から、キャナルの副支配人になりました。いわゆる「管理職」になってみて、人材育成の重要性もわかりました。

仕事もプライベートも、特に目標はありません

 仕事はシフト制です。休みの前日は会食で遅く帰宅して、テレビやDVDを観て、寝るのは深夜2時3時くらい。翌日、起きたら夕方ということもよくあります。

 自然の中でのアクティビティが好きで、気が向いたら友達と山登りをしたり、釣りをしたりしています。この前はひとりで種子島に行って、何百キロも運転して、洞窟の中でずーっと波の音を聞いたり。予定を立てずに、そうやって自然の中で過ごすのが好きです。

 ストレスや悩みは、特にありません。変わることに対しての抵抗感が、人より少ないかもしれません。いろんな人と接していると、人は意外に保守的だなと感じることがあるけど、私はそこまで考えが及ばないのか、新しいもの、よいと思ったものにすぐ飛びつきます。

 今、個人的な目標はありません。学生の頃から言葉に興味があって、愛読書は「広辞苑」。言葉って、人類の共通認識のためにあるのだけど、簡単にはそこにたどりつけない。同じ言葉を発しても、相手や状況によって受け止め方が違うし、ピンとこないこともある。発言したこと、発信したことが意図しない受け止められ方をしたり、予想外の影響を与えたり。その先は変えようがないから相手に委ねざるを得ない。でも思いきって委ねたときに信頼関係が生まれたり・・・。広報の仕事でも、それは常々感じています。「ことば」って面白いですよね。。あら、何かよくわからない話になっちゃいましたね。そう、私、全体的に変人なんです。

福岡市・キャナルシティ博多にて

福岡市出身。九州大学を卒業後、ロンドン・東京・福岡にて、女性誌や新聞、WEB、報告書等の制作に携わる。特にインタビューが好きで、著名人や経営者など1,500人以上を取材。