32歳で“1年以内に閉経の可能性”、治療費は500万円超・・・誰も教えてくれなかった私の「不妊」

今は仕事が大事だし、子どもはまだいらない――。『「妊娠できるか検査」に行ってみた』(KADOKAWA)の著者の森瞳さん(43)は32歳のとき、そんなふうに考えていました。現在は自らの経験から、妊娠や不妊についての正しい知識を次の世代に伝えるNPO法人の代表を務める森さんに、自身の不妊治療を振り返ってもらいました。

「妊娠できるか検査」に行くきっかけは夫の親戚からのプレッシャー

『「妊娠できるか検査」に行ってみた』(KADOKAWA)より。イラストはみくにさん。トップ画像と以下も

きっかけは32歳のときに、夫の親戚から届いたFAXだった。「子どもをつくらないなら代理母でもお願いしなさい」。
エステティシャンだった森さんは26歳のときに独立し自分の店を開業。29歳で結婚した後も仕事中心の忙しい日々を過ごしていた。
子どもは欲しかった。だがメディアで活躍する女性が当時、次々と40代での妊娠を公表しており「後回しにしても大丈夫」という気持ちでいたという。しかし、親戚と会うたびに「子どもはまだか」と言われるなど、出産への圧力が年々強まっていたところに送られてきたのが冒頭のFAXだった。

「『いつでも産めるんだから大丈夫』ということを示して、親戚を安心させて口を封じよう」と思い、検査に訪れた生殖医療専門のクリニックで、1年以内に閉経する可能性があると告げられた。AMH(アンチミュラーリアンホルモン)の値が低いというのが理由だった。AMH値が高ければ必ず妊娠するというわけではないので、あくまで指標のひとつだが、少なければ卵子が早くなくなる可能性があると知ったという。

「産めない期限が迫っている可能性があると知ったところから、私の不妊治療は始まったんです」
すぐに不妊治療に取り組まなければいけないことが判明し、後回しにしていた後悔と自分の知識不足を悔やんだ。「なんでこんなに大切なことを誰も教えてくれなかったんだろう」と、漠然とした社会に対する恨みも抱いたという。

仕事に遊びにと慌ただしい20代を過ごしてきた森さん。エステティシャンの仕事は体力勝負で朝10時から夜10時まで働き通し。睡眠時間も少なく、不規則な生活を送っていた。「不妊と直接の関係があったのかはわかりませんが、生理痛は結構ひどかった。ドロッとした塊のような血がたくさん出たり、靴のサイズが1センチ変わるくらいむくんだりもしていました」。生理痛や生理不順があっても”普通”という間違った認識を持ち、生活に支障はないと自己判断で軽視。婦人科にある足を広げなければならない内診台も嫌だったし、周囲から受診もすすめられなかったので、病院に行く機会は無くなっていた。

「出産適齢期になってから周囲の人が、不妊のために受診をすすめるのでは遅い。親戚や義理の親なら、なおさら角がたちます。子どものときに『産める時期は決まっている』など、妊娠についての正しい知識を避妊とセットで教えないと・・・」

不妊治療のつらさは今でもトラウマに

森さんは、36歳で第1子を授かるまでの約4年間、不妊治療を続けた。
多額の費用を投じて、妊娠するための最新医療を受けるのだから、「すぐに妊娠するだろう」と考えていた。
検査結果を考慮して森さん夫妻は、排卵時期に性交渉を行う「タイミング法」ではなく、最初から体外受精での妊娠をめざした。そして最初の体外受精で妊娠、だが――。結果は流産となり。その後、妊娠することなく年月だけが過ぎた。

「5回以上、体外受精の失敗を繰り返した。次第に気持ちも病んできました」。費用も総額で500万円を超えた。不妊治療は排卵などのタイミングに合わせて通院が必要になることがあり、「明日、病院に来てください」と急に言われることも。仕事のスケジュールが組めなくなり、周りに迷惑をかけているという気持ちも自身をむしばんだ。「みんな冷たくなるんです。私は不妊治療をしていることを公言していなかったので、理解してもらえるはずもなく・・・」

独立し、店長となっていた森さんは、仕事を休んだ分がそのまま収入に直結。支出は増える一方なのに収入は減っていく。「仕事のチャンスもどんどん逃している」と感じていた。そして続くのは治療だけに邁進する日々。「あんなにつらいことは本当に経験しないほうがいい。できやすい時期に自然にできるのが一番幸せ。自分の子どもには、この思いはさせたくない」

「産まない」のと「産めない」のは全然違う

妊娠や不妊に関する正しい知識を若い世代に伝える必要性を強く感じ、不妊治療をしていたときに出会った仲間とともに、NPO法人を立ち上げた。学生向けにセミナーを行ったり、現在治療中の人たち同士の交流会を開催したり。最近では啓蒙のための動画制作にも力を入れている。昨年は、自身の体験をまとめた本も出版した。

しかし、学生向けのセミナーは、「正直、手応えがなかった」。
「結婚をするかしないか、子どもを望むか否かは、もちろん個人の自由です。しかし、若いうちに一度立ち止まって、自分が将来、どうしたいのかを考えてみてほしい」と森さんは話す。子どもがほしいなら、子育て期間や産める年齢から逆算し、ライフプランを中長期で考えてみることが必要だからだ。

「子どもを持たないという選択肢もいいと思いますが、自分で決めて『産まない』のと、『産めない』というのはまったく違う。産めなくなってから望んでも手遅れ。後悔しても時間は戻ってこないので、一度しっかり考えて。その答えは10年後に変わっていてもいいから」と言う森さんは、こう続けた。
「たとえば、この人の子どもがほしい、と思える人に40歳になってから出会えたとします。それなのに妊娠しない際、不妊治療を始める必要性があるという知識があるか否かで――結果は変わる。将来、どんな選択をするにしても、正確なことは今から知っておいてもらいたい。おせっかいながら私は、思っています」

森瞳(もり・ひとみ)さんのプロフィール

1977年生まれ。不妊治療を経て、36歳のときに第一子を授かる。現在は二児の母。自らの不妊治療の経験から、若い世代に妊娠に対する知識を広めようと、2012年に「NPO法人 umi~卵子の老化を考える会~」を立ち上げた。2020年8月に著書『「妊娠できるか検査」に行ってみた 20代でも要注意! 知っておくべき妊娠・不妊・避妊』(KADOKAWA)を出版。

『「妊娠できるか検査」に行ってみた 20代でも要注意! 知っておくべき妊娠・不妊・避妊』

著者:森瞳
漫画:みくに
監修:齊藤英和
発行:KADOKAWA

2009年、朝日新聞入社。広告営業から一転、新聞記者として「放送」「生活」を担当。ウェブメディアは初心者。旅と寿司とテレビドラマをこよなく愛するミレニアル世代です。
妊活の教科書