NHKを退職して時事YouTuberに。たかまつななさんが目指す、“価値観を変える”番組作りとは(前編)

フェリス女学院出身の“お嬢様芸人”、そして“お笑いジャーナリスト”として活躍するたかまつななさん(27)。2018年に入局したNHKを今年の7月末で退職し、「時事YouTuber」として活動をはじめました。今回は新たな道を進み始めたたかまつさんに、今後やっていきたいことや情報発信で心がけていることについてお話を聞きました。

観た人の行動や価値観が変わるような番組を作りたい

――このコロナ禍に、なぜNHKを退職することにしたのでしょうか。

たかまつななさん(以下、たかまつ): 私がNHKに入局したのは、「若い世代に向けて政治や社会問題を伝える番組を作りたい」という目的があったからです。NHKで働いていれば、いつかできるかもしれないけれど、もしかしたら10年、20年かかってもできない可能性がある。今27歳ですが、例えば20年後、47歳のときに17、18歳の子に向けて番組を作るのは無理だなと思ってしまって。今でもすでに高校生と10歳くらい年齢差があるので、完璧ではなくても今すぐやったほうが良いんじゃないかと思った、というのが大きな理由ですね。あと、元々副業をしながらNHKに勤めていたんですが、これが2年毎の許可制なのです。今回、この更新が下りなかったということもあって「すぐに挑戦したい」という気持ちの方が強くなったんです。さらに、コロナの影響でこれまでやってきた出張授業などの活動ができなくなった、ということも大きかったですね。(取締役を務める)笑下村塾の方向性や自分の生き方を大きく見直さざるを得ない状況になり、退職を決意しました。

――今後はYouTubeに活動の場を移し、時事YouTuberとして「社会問題解決型の番組を作る」ことを目指すそうですね。社会解決型とは、具体的にどのような番組なのでしょうか。

たかまつ: 動画を観た方の行動や価値観が変わるような番組です。メディアは客観性が求められるので、「こういう現象が起きています」という報道が中心です。私自身、18歳選挙権導入の際にたくさんのメディアに取材していただくなかで、「現象だけ伝えられても……」と思うことが多々ありました。どこも「お笑い芸人のたかまつななさんが、若い人の投票率を高めるために出張授業をしています」という書き方なんですね。確かにそれはそうなんですけど、若い人が見たとき「選挙に行きたい」という気持ちになるような記事のほうが、はるかに需要が高いはずなんです。

――確かにそうですね。具体的にはどのような記事だと考えていますか?

たかまつ: わかりやすいのは「性教育」についてです。「性教育が足りない」という現象に関する報道は、少ないながら、目にしますよね。でも、コンドームのことは知っていても、付け方や付けるタイミングは教えてもらっていないので、分からないんです。私自身も女子高育ちだし、男性経験がないので分からない。そこで、AV男優のしみけんさんにYouTubeチャンネルに出演をオファーしました。「AVはファンタジーだ」と語ってもらった上で、コンドームのつけ方を教えていただきました。それから、助産師の方とAVを観て「この場面は性的同意を得ていないからダメですね」とか「本当はここでコンドームを付けないといけないですよ」と指摘していただく動画も作りました。こんなふうに生活に根差していて、観た人の行動や価値観が変わるような番組を作ることが重要だと思っています。

――事実だけを取り上げるのではなく、視聴者が実際に行動を変えられる気づきがある番組ということですね。

たかまつ: そうですね。インタビューについては、特に「価値観が変わる」ことを重視しています。高知東生さんとYouTubeで対談した際、ご自身の経験から自死遺族や薬物依存症についてお話いただきました。それに関する記事がYahoo!ニュースに掲載されたとき、「高知さんだからこそ伝える意味がある」「自分も同じ境遇だったら薬をやっていたかもしれない」などのコメントがついたんです。ヤフコメは荒れることでおなじみだったので、こちらの伝え方次第で人々の反応も変わるんだなと気づきがありました。薬物については、テレビでもめちゃくちゃなことを報道しています。「こんな人だとは思いませんでした」という人格否定もあります。薬に手を出してしまった方を断罪するのではなく、病気だから治るものなんだと伝えられたらと思っています。当事者は強い言葉を持っているので、読む人、観る人にも伝わりやすいんです。

私も相手も今まで受けたなかで一番いいインタビューを作りたい

――時事YouTuberとして活動するために、クラウドファンディングを行われていますよね。なぜクラウドファンディングという方法を選んだのでしょうか?

たかまつ: 単純に、お金がないからです(笑)。お金がないことを理由に、活動や表現を制約するのはよくないと思いますし、環境を言い訳にしないというのがモットーなんです。小さい頃、サッカー選手になりたかったのですが、親に反対されたんです。それ以来、サッカー選手になれないのを親のせいにしていました。ところが中学生のとき、これってすごくダサいなと気づいたんです。次にやりたいことができないということに直面したら、環境のせいではなく自分の実力がないせいにしようと決めました。これは、すごくしんどいですが、言い訳せず解決策を探せるので。YouTubeの広告収入だけで運営したり、企業研修など黒字で制作費をまかなっていましたが、コロナで黒字が一気に少なくなってしまいました……。動画の編集を簡素にすることも考えましたが、せっかくいろいろな方が出演して力強い言葉を発してくださっているのに、これは違うなと。お金がないからとクオリティの低いものを出すというのでは、私自身が納得できませんでした。だから、支援していただいたお金を使って、1年間は制作費を気にせず動画を作ろうと考えています。その間に広告収入を安定させて、持続可能な状態にもっていきたい。クラウドファンディングは、同志が増えていくのもいいですね。

――社会問題や自分の意見など情報を発信する際に、心がけていることはありますか?

たかまつ: 当たり前ですが、間違いを言わないこと。そのために、ファクトチェックをすることですね。社会問題は”なんとなく”で語られることが多いので、自分の詳しい分野だと「それ違うんだよなぁ」と思うこともあります。私のチャンネルではそういうことがないように気をつけています。でも言葉を柔らかくするほど、間違える可能性が増えますし、難しいんです……。だからこそ、深く知る必要があるので、リサーチにはすごく時間をかけています。特に、対談の際は相手の方の著書以外にも5冊くらいは専門書を読みます。例えば、しみけんさんはすごく性教育について勉強されていますが専門家ではありませんよね。間違ってはいなくても本質ではないことを言ってしまう可能性があります。そのリスクを下げるためにも、専門書を読んでその分野のオーソドックスや最近の展開くらいはおさえるようにしています。

――リサーチにかなり力を入れていらっしゃるんですね。いろいろな分野の方と対談をされているので、どうやって情報収集をしているんだろうと気になっていました。

たかまつ: 自分が取材を受けるときも、過去のインタビューよりクオリティの低いものが出ると「なんで受けたんだろう」とちょっと、がっかりしてしまうんですよ。。だから、自分が取材者の時は、相手がこれまで受けた取材の中で1番いいものを作ろうと思っています。ほかで話していないことを話していただきたいですし、本当に言いたいことは何だろう?というのはすごく考えています。そのため、必然的にその方が過去に受けたインタビューなど関連するものはできるかぎり、すべて読むようにしていますね。対談は「こういう言葉を引き出したい」、「こういう流れにしたい」というイメージを固めて挑みます。

お笑いで身につけた技術が、今の活動にもプラスに

――笑下村塾では、「笑いで世直し」をミッションに社会問題をお笑いで楽しく伝えるという活動をしていますよね。お笑いで社会問題を伝えるとは、具体的にどういうことなのでしょうか。

たかまつ: 私が出張授業でやっているお笑いは、テレビのフォーマットをそのまま学校現場に持っていくというものなんです。テレビで池上彰さんや林先生が司会で、ひな壇の芸人さんがボケて場を和ませるような作りってよく見ますよね。お笑い芸人がネタを持って披露するのではなく、このフォーマットを使うのです。お笑いで敷居を下げるという発想は世の中にありふれていて、そういう依頼は以前からよくいただくんです。例えば「ジェンダー平等を元にネタを作ってほしい」とか「がんの緩和ケアをネタにしてください」とか……。でも、そういうご依頼は基本的にすべてお断りしています。こういった問題をネタにするのはすごく難しいことですし、ネタは芸人が「おもしろい」と思ったことを制約なくやるのが1番おもしろいと思っているので。

――NHKに入局するタイミングで、プロのお笑い芸人は1度引退されていますよね。その後はボランティアとして芸人活動をしていたそうですが、現在はそのしがらみがなくなりました。今後芸人として活動する予定はありますか?

たかまつ: ナイツの塙さんに誘っていただいて漫才協会にも入ってますし、今後も寄席には出たいと思っています。社会風刺のネタや欧米のスタンドアップコメディのようなスタイルでやっていきたいと考えています。お笑いの舞台で身につけた技術が、今の活動にもすごくプラスになっていて、YouTubeでもいきています。舞台に立たないとそういう筋肉は衰えてしまうので、細々とでもお笑いの舞台には立ち続けたいです。

■たかまつななさんのプロフィール
フェリス女学院出身のお嬢様芸人として、テレビ・舞台で活動する傍ら、 お笑いジャーナリストとして、お笑いを通して社会問題を発信している。18歳選挙権を機に、若者と政治の距離を縮めるために、株式会社笑下村塾を設立。東京大学大学院情報学環教育部、慶應義塾大学大学院政策メディア研究科を卒業。現在はお笑い界の池上彰目指し、「笑える!政治教育ショー」を行う株式会社笑下村塾の取締役として主権者教育の普及・啓発や講演会・シンポジウム・ワークショップ・イベント企画など手がける。SDGsの普及活動にも従事。

フリーランス。メインの仕事は、ライター&広告ディレクション。ひとり旅とラジオとお笑いが好き。元・観光広告代理店の営業。宮城県出身、東京都在住。
フォトグラファー。北海道中標津出身。自身の作品を制作しながら映画スチール、雑誌、書籍、ブランドルックブック、オウンドメディア、広告など幅広く活動中。