ふかわりょうの連載エッセイ「プリズム」09
【ふかわりょう】虹の会議
●ふかわりょうの連載エッセイ「プリズム」09
虹の会議
「では、次回は来年となります、皆さんご苦労様でした。なお、二次会に参加される方は地図をご用意しておりますので…」
今年も例年通り、とりわけ大きな議論もなく、円滑に進行していました。議長国であるハワイの虹が挨拶をすると、会場では拍手が巻き起こります。
「ちょっと待ってください!」
その中に、誰かの声が混ざっていました。
「まだ、終わらないでください!」
帰る支度をしている虹たちの視線が、一斉に、声のする方に向けられます。
「どうしましたか?」
「まだ、終わらないでください!!」
それは、アイスランドの虹でした。
「なんだよ、もう終わりって言ったじゃない」
二次会の地図を渡す手が止まりました。
「僕の国ではもう、虹なんて誰も見ていません。どこで架かっても、いつ架かっても、誰も見向きもしない。こんなことなら、架からなくていいんじゃないかって、ずっと思っていたんです!」
各国の虹たちが、席に座って聞いています。
「それはさぁ、出過ぎだからじゃないの?」
「出過ぎ?」
「そうさ、どんなに貴重なものだって、頻度を間違えると有り難みがなくなってしまうものさ」
「ありがたみ…」
「今のキミはいわば、都合のいい女、みたいな感じ?」
会場がどっと湧くと、議長が注意しました。
「美しさと頻度は相関関係にある。だから、頻度をうまくコントロールすればいいのさ」
「月だって、皆既月食のときくらいで、普段はほとんどの人が見ていない。だから、満月とか三日月とか、形を変えて頑張っているのさ」
よその国の虹たちは、勝手なことを口々に言いました。
「でも、ハワイの虹だって、しょっちゅう出ていますよね? それなのに、すごく有り難がられていますよね? どうして同じ虹なのに、こんなに扱いが違うんですか? 納得いかないのです!」
アイスランドの虹は、涙を浮かべていました。
「ほら、あなたの国はオーロラがいるから。ハワイにはそれがない、だから全面的にプッシュされるのさ」
アイスランドの虹は何も言えなくなってしまいました。
「オーロラに負けないスタイルを見せるのは難しいけど、毎回同じ姿を見せて、反応を期待するのはちょっと傲慢だよ。あ、議長の虹、見たことある?」
すると、月のまわりに円を描く虹がスクリーンに映し出されました。
「これは月虹、moonbowと呼ばれる幸運の虹。月の光でできるから、夜しか見られない。そりゃぁ大変な騒ぎになるさ」
「moonbow?」
「そう、君もこういうことすれば、みんな注目してくれるんじゃないかな」
すると、日本の虹の手が挙がりました。
「うちには、虹の日っていうのがあるんです。7月16日は、ナナイロで、虹の日。」
得意げに言いました。
「ほんと、おたくは記念日が好きだよね? っていうか、虹が7色なんてそもそも後付け。昔の人は7色だと思っていないし、あれは科学者の誰だったかな?」
「ニュートン?」
「そう、ニュートンが言い出したんだ。それで虹は7色のイメージになったのさ」
すると、アフリカの虹が口を挟みます。
「こっちなんて、いまでも4色扱いだからね。同じ現象でも、国によって解釈が異なる、そんなもんさ」
アフリカの虹は、続けました。
「そもそも、単なる自然現象。名前をつけてもらっただけでも有り難いし、虹だけ特別扱いされる方がおかしいのさ。しかも虹は雨上がりの象徴。誰も嫌っていないなんて奇跡だよ」
ここまで各国の意見を聞いていたアイスランドの虹が、久しぶりに口を開きました。
「誰も見てくれないなら、むしろ嫌われている方がマシです!」
埒があかない様子に議長は困惑しています。
「あの、皆さん、予約の時間を過ぎていますので、もしよかったら、続きは二次会のお店でいかがでしょうか。おいしいロコモコを用意していますので…」
白熱した虹の国際会議は、こうして幕を下ろしました。
「別にいいじゃないか、君が虹なら。君はただ、何も考えず弧を描いていればいいんだよ」
アイスランドの虹はしぶしぶ二次会に参加することにしました。
タイトル写真:坂脇卓也